『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』

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書名著者読了日評価分野
社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学ジョナサン・ハイト2021年2月5日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Psychology

読書メモ

なぜリベラルは保守に勝てないのか―その理由を解き明かした本。筆者はまず、理性中心主義を批判する。政治的議論・道徳的議論において、人間は理性的な判断をしていると思いこんでいるが、実際には、”象”―すなわち直感ーに支配され、”乗り手”―すなわち理性―は直感的判断の正当化を行うにすぎないのだ。
次に筆者は、道徳的基盤の概念を導入する。道徳とは完全に習得的なものではなく、リベラルが想定するように”危害を避ける”のみに帰着できるものではない。道徳基盤は6つ存在(ケア/危害、公正/欺瞞、忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落、自由/抑圧)し、保守主義者はそのすべてを考慮するが、リベラルはケア及び自由基盤を特に重視し、他の基盤は存在しないかのようにふるまう―極めてWEIRDなことに―。ここにリベラルが勝てない理由があり、この議論はトランプの影響が未だ強い2021年にも深い教訓を残している。
続けて筆者は、”利己的な遺伝子”論を否定し、葬られた”群淘汰”の理論を見直す。人間は社会的な動物なのだ(私たちの90%はチンパンジーで、10%はミツバチだ)。宗教も無神論者が言うような全く不要な妄想ではない。強い社会を作り、群淘汰に勝利する上で必要不可欠なものだったのだ。その点において筆者は、過度な合理主義や個人主義に陥りがちなリベラルを批判する。
筆者は、リベラルと保守の双方から学び、よりよい道を選ぼうというメッセージをもって本書を終える。リベラルな価値に共感しつつ、リベラルに批判的でありたい。自身の思考を方向付けた本。

一言コメント

思考を一つ上のレベルから俯瞰して見る知恵をくれる本だと思います。あらゆる思考や思想に対して批判的でいたいですね。
2022/3/6

『国際秩序』

基本情報

書名著者読了日評価分野
国際秩序細谷雄一2021年1月23日⭐️⭐️⭐️Politics & Law

読書メモ

”勢力均衡”、”協調”、”共同体”の3つの原理によって、どのように国際秩序が形成されてきたかを語る。ウェストファリア条約で主権国家体制が成立した後、一貫して中心的な原理は”勢力均衡”だった。覇権を求める存在(ルイ14世、ナポレオン)が出てくる度、周囲の国が同盟を組んで、勢力均衡によって抵抗する。ウィーン体制は”協調”と”勢力均衡”を特徴としたが、反動的な君主国と自由主義に寛容な国(イギリス・フランス)の間には必然的に理念の違いがあった。”協調なき均衡”を特徴としたビスマルクによる属人的な国際秩序の後、新興勢力ドイツは孤立し、第一次大戦に至る。ベルサイユ体制は、”協調”と”勢力均衡”を指向したが、バランサーとなるべきアメリカはヨーロッパから手を引き、賠償負担への怒りからドイツにナチス政権が成立するに至る。二次大戦後、ついに”共同体”原理に基づく国際秩序(国際連合)が成立した。冷戦期は確かに”恐怖による秩序”ではあったが、共通価値によって大国間では平和が保たれたのは事実である。冷戦後は、ハンチントンが述べるように、”文明の対立”が主要な脅威になる。現代の米中対立に目を向けるとどうなるだろうか?日米印豪による関係深化はまさに勢力均衡の枠組みである。国連という共通価値に頼りつつ、急拡大する中国を抑えられるか――外交政策の決定の上で過去の国際秩序がどう形成されたかを学ぶことには意味があるだろう。

一言コメント

高校時代にはかなり興味があった分野の本を再読しました。国際社会に秩序をもたらす枠組みを大きく整理した本書の内容からは学ぶことが多くありました。2022年3月6日現在、ロシアによるウクライナ侵攻が発生しており、国際秩序は大きく揺らいでいます。NATOという勢力均衡に基づいた抑止も機能せず、相互不信の中協調も難しい。常任理事国の行動に対しては国連という共同体も機能しない。難しい状況の中、国際秩序をどう取り戻すかが問われています。
2022/3/6

『ニクソンとキッシンジャー』

基本情報

書名著者読了日評価分野
ニクソンとキッシンジャー大嶽秀夫2021年1月23日⭐️⭐️Politics & Law

読書メモ

ニクソン・キッシンジャー外交について語った書。1960年代後半~1970年代初頭のアメリカは、冷戦構造とベトナム戦争の中、複雑な外交が求められた。そうした中で、米中国交正常化、ベトナム戦争終結、米ソ兵器削減交渉(SALT)を実現させた経緯を読み解く。結果として成し遂げたことは極めて”ハト派”的だったが、決して彼らの外交姿勢はリベラルではない。むしろ、戦略的に”タカ派”の手法を用い(名誉ある撤退を実現するための北爆など)、相手を交渉のテーブルに引き出した。ニクソンもキッシンジャーも、当時の主要プレイヤーの思惑を全てわかっていたわけではなかった。ベトナムは中国、ソ連の言いなりではなかったし、中国はアメリカ以上にソ連と日本の再軍備化を恐れていた。ある意味で無知だったが、明確なリアリズムに沿った外交を展開したことで、結果として平和が実現できたのかもしれない。

一言コメント

高校時代に読んでいた本の再読。ニクソンもキッシンジャーも歴史上の人物としてしか知らない世代ですが、功罪あったであろう彼らの外交からは今も学ぶことがあるのだろうと思います。タカ派的な外交が逆説的に平和を呼ぶことがあるということは、国際外交のリアルを表しているかもしれません。
2022/3/5

『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』

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書名著者読了日評価分野
じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路エドワード スキデルスキー, ロバート スキデルスキー2021年1月23日⭐️⭐️⭐️⭐️Development

読書メモ

現代の西洋資本主義社会は豊かだが、”理念”を欠く―筆者のメッセージはそこに尽きると思われる。
ケインズ研究者の筆者は、1930年に発表された”孫の世代の経済的可能性”という論考(人類は十分豊かになり、労働時間を減らすだろう)から出発し、それが達成されていない理由を解き明かしていく。消費はウェブレン効果により、顕示的消費になり、欲望は収まるところを知らない。古来からあった浪費は悪だという宗教的な倫理感は、学問の発展と共に骨抜きにされた。その最たるものが経済学で、”効用の最大化”を求め、どう生きるべきかについては明確に”価値中立的”な立場をとる。(”幸福の最大化”を求める近年の議論も、それが主観的幸福にとどまっている限り、同じことである。)それはロールズ以降の哲学も同様で、センやヌスバウムの潜在能力アプローチも、潜在能力の最大化を越えて、結果として実現した人生のよさまでは扱わない。
筆者は、どう生きるべきかについて”価値中立的”であるべきではない、と説く。よい生き方という結果を構成する7の要素(健康、安定、尊厳、人格の確立、自然との調和、友情、余暇)を基に、格差の縮小やベーシックインカム、社会的介入政策の必要性を提唱する。近年の”Great Reset”にもつながる論点かもしれない。貪欲を悪とするような”道徳的理念”から逃げる(中立を装う)べきではない―この主張には大いに共感した。

一言コメント

経済学は客観的・科学的を装うために、”ホモ・エコノミクス”という仮想の存在を想定し、効用の最大化を目指しますが、「それは仮想の存在に過ぎない」ことがいつからか忘れられてきたように思います。客観的であろうとする学問が道徳の領域に踏み込むことは困難も伴いますが、社会科学である以上、純粋に”記述的”であろうとすることは不可能であるし、望ましくもないのだろうと感じます。
2022/3/5

『リーマン教授にインタビューする――ゼータの起源から深リーマン予想まで』

基本情報

書名著者読了日評価分野
リーマン教授にインタビューする――ゼータの起源から深リーマン予想まで小山 信也2021年1月23日⭐️⭐️⭐️Mathmatics

読書メモ

リーマン予想についての本。リーマン予想は素数の分布を示すがゆえに重要である。リーマン予想やそれを巡る数学的議論は難しすぎて追いきれないが、リーマン予想がヒルベルト問題にもミレニアム問題にも採用され、未だに未解決であることはよくわかった。数学者は不等式による評価など様々なアプローチを試しているが、境界となる数字をどんどんゼロに近づけていく手法にはどうしても限界がある。ABC予想を解決した望月教授のような革新的な手法が待たれる。
リーマン予想は予想自体の理解もままならないが、オイラー積という発想の天才性と、解析接続によって広がる世界には心が惹かれる。

一言コメント

すべての素数が登場する掛け算と、自然数の累乗の逆数和が一致するというオイラー積という発想に感動しました。リーマン予想を理解しきるには複素関数論の知識が足りませんが、解析接続が見せてくれる奥深い世界の一端は知ることができた気がします。生きているうちにリーマン予想が解かれる様子を見てみたいですね。
2022/3/5

『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』

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書名著者読了日評価分野
ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えようスティーヴン・ホーキング2021年1月23日⭐️⭐️⭐️Science

読書メモ

ホーキングが”ビッグクエスチョン”について語った書。神はいるのか?宇宙の始まりは?ブラックホールの中身は?時間は越えられるのか?宇宙に進出するべきか?こうした問いに、純粋に科学的な視点から答えていく。
ホーキングの功績で最も有名なのは、情報パラドックスに対するブラックホールの熱放射(ホーキング放射)だろう。本書でもそれについて語られるが、いつか実験で確かめられる日は来るだろうか。ホーキング死後、ブラックホールの直接観測が世間を騒がせたのは記憶に新しい。時間に関する章では、時空を負の曲率を持つよう曲げられれば過去へのタイムトラベルができるが、時間順序保護仮説によると、それはおそらくできないだろう、と。現時点の科学を見る限り、その主張は尤もだと思われる。
最終章では、スーパーインテリジェンスや遺伝子改変に対する懸念に触れつつも、科学に対する希望を述べて終わる。天才科学者の言葉は深いものがある。

一言コメント

世界で一番有名な科学者であったかもしれないホーキング博士の書です。今世紀の科学が何を明らかにしてくれるのか、気になります。
2022/3/5

『さらば、神よ』

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書名著者読了日評価分野
さらば、神よリチャード・ドーキンスJanuary 22, 2021⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

「Outgrowing God— A Beginner’s Guide」—本書はタイトルの通り、「神」から脱する方法をドーキンスが鮮やかな筆致で描き上げたものである。宗教意識が薄い日本人(神道や仏教になんとなくの親近感は覚えるが)は考えづらいが、世界では神が当たり前。「科学的に」、神は不要だと述べた本書はとても興味深い。ドーキンスは、まず神の言葉の矛盾を指摘する。聖書は書かれた時期も、選ばれた書物もバラバラで恣意的だ。創世記の物語やノアの箱舟は全く科学的な証拠と合わない。神は信仰心を試し(イサクの犠牲)、他宗教に対して容赦がない。本当に道徳的に見えるか?とドーキンスは問いかける。道徳においては、”絶対主義的理念”が存在し、神などという概念を持ち出さなくても語れるのだ、と主張する。後半では、進化論者らしく、いかにしてこれだけ素晴らしい生命の”デザイン”がされているかを語っている。最後の章では、冗談だと思える事実が、科学によってどう明らかにされてきたかを描く。”神”などという仮定はいらない(オッカムのカミソリを思い出す)、科学を信じよう――そのメッセージは神を信じる多くの人の心に刺さったのではないだろうか。

一言コメント

熱心な無神論者ドーキンスの反宗教論です。ドーキンスの語り口のうまさに、確かに宗教は必要ないのではないかとさえ思わされます。一方で、例えばユヴァル・ノア・ハラリは、”虚構”を集団的に信じる力こそが人類をここまで繫栄させたと主張しており、ドーキンスが述べる程単純ではないように思います。何より、数々の悲劇を生んだ一方で、数々の素晴らしい建築や芸術を生み出し、多くの人を救った宗教という存在を、ただ脱するべきものと捉えることには躊躇いがあります。
2022/3/5

『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場』

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書名著者読了日評価分野
金融の世界史: バブルと戦争と株式市場板谷 敏彦January 21, 2021⭐️⭐️Finance

読書メモ

”金融”を巡って過去どのような歴史が展開されてきたかを語った書。利子や貨幣の誕生から始まり、大航海時代の価格革命、東インド会社など有限責任会社の誕生、バブルの発生(南海泡沫、チューリップ・バブル)といった歴史的事実をたどる。近現代に入ってからは、世界恐慌やハイパーインフレ、金本位制の崩壊(ニクソンショック)、プラザ合意から日本のバブル崩壊まで網羅的に扱う。最後はファイナンス論。株価はランダムウォークなのか?効率的市場仮説は誤りだと、バフェットは言っている。そうは言っても、割安な株式を見つけることは限りなく難しい。”金融”分野に多少なりとも関わるのであれば、どんな歴史が展開されたかを知ることは決して無駄ではないだろう。

一言コメント

高校卒業辺りで読んだ本の再読。金融の通史として非常に分かりやすかったです。
2022/3/5

『文明が衰亡するとき』

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書名著者読了日評価分野
文明が衰亡するとき高坂 正堯January 20, 2021⭐️⭐️History

読書メモ

衰亡論―国家がなぜ衰退するかを語った書。
ローマ帝国は、民族大移動が直接的な引き金となって滅びたが、その裏には共和制の崩壊と都市化、その必然的な帰結である市民文化の退廃があった。財政問題の悪化は、領土拡張主義の限界を示したもの。
ヴェネツィアは貿易によって繁栄を享受した。そのヴェネツィアも、トルコの台頭、造船業の衰退(イノベーションのジレンマ)、大西洋貿易への移行により衰退を余儀なくされた。そうは言っても、ヴェネツィアは厳しい環境の中豊かな文化を発展させ、権勢を維持した方だった。
最後の例はアメリカ。1981年に書かれただけあって、黄金時代1960年代への賞賛がベースにある。ベトナム戦争の傷跡の残る中、福祉国家の破綻、国際貿易でのプレゼンス低下、環境問題への懸念などが衰退要因として挙げられている。1980年代にアメリカは復活して、栄光の1990年代を過ごした。しかし、その裏で新自由主義の限界が露呈し、2020年に至る政治の分裂を招いている。
歴史から学べることは何だろう?日本はどう衰亡するべきだろうか?考えるべきことは多い。

一言コメント

高校卒業辺りで読んだ本の再読です。盛者必衰、その中から何を学ぶべきでしょうか。
2022/3/5

『トランスヒューマニズム: 人間強化の欲望から不死の夢まで』

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書名著者読了日評価分野
トランスヒューマニズム: 人間強化の欲望から不死の夢までMark O’ConnellJanuary 22, 2021⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

人類は技術的シンギュラリティを迎え、やがて不死になる―トランスヒューマニズム(超人間主義)はそんな理想を高らかに掲げる。本書はライターの著者がトランスヒューマニズムに関わる人間たちの実像を鮮やかに書き上げたもの。
アルコー生命延長財団では、既に人の頭が冷凍保存されている。自らの体をサイボーグ化する者や、全脳エミュレーションを本気で研究している者もいる。若き天才起業家(デミング)や不死を唱える大統領候補者(イシュトヴァン)の物語も語られる。
こうしたトランスヒューマニズムは、誰もが持つ死への恐れに立脚し、ある意味で宗教的である―が、決しておとぎ話の中の話ではないことは、イーロン・マスクやビル・ゲイツ、ホーキングが超人工知能に対して警鐘を鳴らしていることからも明らかである。自分たちの世代は、少なくとも自然な寿命で2070年くらいまでは生きるだろう。後50年、今の人工知能の発展と、生命延長技術の進化を見ると、”老化は病気”になる未来が来てもおかしくはないのではないか。そんな現実的な恐怖を感じさせられた書。

一言コメント

不死を本気で目指している人たちの物語を見ると、トランスヒューマニズムは決してSFの世界の出来事ではないと感じられます。我々世代が必ず直面せざるを得ない”リアル”がそこにあります。
2022/3/5