『よみたい万葉集』

基本情報

書名著者読了日評価分野
よみたい万葉集まつしたゆうり, 松岡文, 森花絵2021年4月18日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

万葉集の珠玉の歌たちを分かりやすく解説した本。万葉集には恋の歌や季節や動物(特に鳥)の歌、挽歌など様々な歌が収録されており、どれも魅力的だ。一般的に言われている通り、万葉集は技巧的な歌が少なく、わずか31音しかないのに音を繰り返すこともある。その分素直な気持ちや想いが載せられていて、万葉集に惹かれる人の気持ちがよくわかる。気に入った歌は、沙弥満誓の「世の中を 何に譬えむ 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきがごとし」。船が去って跡に何も残っていない情景は容易に想像できるが、それを世の中に譬えるところに”無常観”を感じる。鎌倉右大臣の「世の中は 常にもがもな 渚こぐ 海女の小舟の 綱手かなしも」の歌を何となく思い出した。こちらは何でもない渚の光景がずっと続いてほしいという無常な世の中への抵抗。これだけ豊かな文学的作品が残っていることは嬉しく感じる。1300年前の人の気持ちが、わずか31音を通じて伝わってくることの奇跡。

一言コメント

百人一首と比べると、万葉集は全くの無知ですが、万葉集にも魅力的な歌が多くあると分かりました。百人一首以外の歌はどうしても覚えられないのですが、覚えることはできなくても、折に触れてその魅力を味わえれば幸せですね。
2022/4/30

『BANK4.0 未来の銀行』

基本情報

書名著者読了日評価分野
BANK4.0 未来の銀行ブレット キング2021年4月11日⭐️⭐️Finance

読書メモ

新たなプレーヤーが次々に金融業界に参入する中、伝統的な金融機関はどのように生き残るべきだろうか―。筆者は”第一原理”に立ち戻れ、と説く。もし今までの金融機関が全くなかったとして、今の技術環境で、店と商品に基づく金融サービスを提供するだろうか?顧客に金融サービスを通じて最大の価値をもたらしたいのなら、店と商品に基づいた重いサービスではなく、モバイルベース・リアルタイムで柔軟なサービスを提供するべきだ。既存の銀行は店と商品という足枷を背負い、伝統的で重厚長大なシステムに囚われ動けないでいる。この本を読むと、伝統的な金融機関の将来を楽観することはできないが、生き残れる道があるとしたらきっと一つだけ。徹底的に顧客本位で考え、デジタルに基づいたサービスを提供することだ。今関わっているプロジェクトはまさにそれを実現しようとしている。銀行を変える一助になれるだろうか。

一言コメント

仕事の関係で、この時期は銀行の未来に関する本を何冊か読みました。言っていることはよく理解できるものの、実際には既存のシステムという足枷を外すことの難しさを痛烈に感じさせられています。筆者が説くほどには金融業界が大変革期を迎えているわけではないというのが私の体感なのですが、それは日本の金融業界が一歩遅れているからなのでしょうか。
2022/4/30

『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム』

基本情報

書名著者読了日評価分野
西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラムダグラス・マレー2021年4月10日⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

ヨーロッパが移民によって崩壊している―筆者はそのことに警鐘を鳴らす。ヨーロッパ文明は偉大で寛容だ。男女平等といった核心的な価値観さえも共有しない人々さえも寛容にも受け入れ、その結果ヨーロッパ的な価値観が失われつつある。ヨーロッパの病理はよく理解できる。過去ヨーロッパ文明はあまりにも強大で、その帝国主義的な普遍主義は植民地支配という災禍と最悪な戦争を招いた。それゆえ、ヨーロッパのエリートは過去ヨーロッパを形作ったもの―キリスト教、合理主義、ロマン主義(ナショナリズム)といった価値観をことごとく否定・脱構築し、人々を個人に還元するリベラリズムを推進したのだ。でも、リベラリズムが主流で、頼るべき価値観のない社会は、弱者にとってはきっと重すぎる。そうした人々が反発する中で、リベラリズムの提唱者たちは、過度に自文化を否定し、他文化への寛容を強調する。それが自分の文化の根源を脅かすとしても―。ヨーロッパの大量移民は間違いなくリベラルの最大の失策だった。誰もがリベラルを受け入れられるわけではないし、他国の人々を勝手に性善説的にとらえるべきではない。リベラルが反省するべきことは多いと改めて感じさせられた。

一言コメント

ヨーロッパに対する大量移民に警鐘を鳴らし、”価値観を共有しない人々”を寛容にも受け入れる西洋リベラルを痛烈に批判した本書は、安易な読み方をすると排外主義、文明の対立論に帰結しかねない危険な本でもあります。が、寛容という言葉に囚われ、教条的になりすぎているリベラルに対する本書の批判は、傾聴する必要が大いにあるように思われます。21世紀において、あるべきリベラルの姿とは何か、考えさせられます。
2022/4/30

『テス(上)』『テス(下)』

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書名著者読了日評価分野
テス(上)ハーディ2021年4月9日⭐️⭐️⭐️Literature
テス(下)ハーディ2021年4月13日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

(上)
美しく心優しい田舎娘のテス。彼女の悲惨な運命を描く。ふとした偶然から、ダービーフィールド家がダーバヴィル家の末裔であることが分かり、紆余曲折があってアレク・ダーバヴィルの手による悲劇が起こる。悲劇の後テスは乳搾り娘として生きるが、次第にクレア青年に惹かれ、クレア青年もテスに惹かれていく。テスは過去の罪を心に秘めながら―。上巻は、新婚の夜テスが過去の罪をクレアに打ち明けるところで終わる。クレアは彼女の告白を受け入れるのか?幸せに満ちた描写はその後の悲劇を予感させる。

(下)
テスの下巻。テスの過去の罪を聞いたクレアは彼女を許すことができず、ブラジルに去る。その間彼女は貧しく悲惨な生活を送り、再度アレク・ダーバヴィルの手に落ちてしまう。手紙でテスの訴えを聞いたクレアはテスを訪ねて戻ってくるが、あまりにも遅すぎた。最後は一瞬の幸福の後、悲惨な結末を迎える。テスは魅力的なヒロインで、全く罪がないのに運命に翻弄される様子を想像すると、気分が沈む。彼女の周りの人々もまた、悲劇の当事者だ。クレアは狭量な理想主義者だが、テスを許すことができない倫理観は当時の感覚からすれば仕方ないのではないか。アレク・ダーバヴィルはテスを破滅させた悪として書かれるが、彼女の家族への支援は惜しまず、情熱的な愛の被害者でもあった。テスの父は愚かだが、旧家の栄光に縋りたくなる弱さは理解できる。誰にも悪意がなかったとしても、現実は容赦がない。心には残る重い作品だった。

一言コメント

純粋で美しい心を持ったテス。悲劇のヒロインという言葉がこれほど似合うキャラクターは他にいないかもしれません。これだけ気分の沈む作品が読み継がれていることを不思議にさえ思います。ただ、少なくとも心には残ります。
2022/4/30

『われはロボット』

基本情報

書名著者読了日評価分野
われはロボットアイザック・アシモフ2021年3月28日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

①ロボットは人間に危害を加えてはならない
②ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
③ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
この3つからなるのが、本作でアシモフが考え出したロボット三原則。アシモフはこの三原則から出発し、様々な短編を作り上げる。ロボットが不可解な行動をするのはなぜか?ロボットと人間をどう見分けるのか?ロボット三原則に従わないロボットをどう見つけ出すのか?そうした難題を解き明かすのが、ロボット三原則に精通し、ロボット心理を理解したロボット心理学者である。スーザン・キャルヴィンはその一人。彼女の口から、ロボットを巡る各種の物語が語られる。ロボット三原則自体が未来への深い洞察に基づく素晴らしい発明だが、そこからこれだけ多くの面白い物語を作り出せるアシモフは天才というほかない。2021年の今もロボットは思考からほど遠く。ロボット三原則という原則にだけ従うロボットを作ることはできそうにない。現実はSFよりはるかに現実だった。それでも、アシモフがロボット三原則から作り上げた一つの宇宙の価値はきっと衰えることはない。

一言コメント

ロボット三原則で有名な作品。ロボット心理学者が活躍する未来はまだやってきそうになく、内容を今でも古く感じさせないのは流石SFの大家と思います。
2022/4/30

『東大現代文で思考力を鍛える』

基本情報

書名著者読了日評価分野
東大現代文で思考力を鍛える出口汪2021年3月27日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

東大の現代文は面白い。そのことがよくわかる本。東大の現代文では、常識を根本から覆すような文章が多く出題されている。木村敏氏による「自然とは根源的に非合理であり、人類が勝手に設定した合理性という枠の上に築かれた文明は虚構である」という論考。宇野邦一氏による「歴史は書かれたこと、書かれなかったこと、あったこと、ありえたこと、なかったことの間に霧のようにまたがっており、自身も歴史によって作られ、歴史を作る存在となることは、喜びであり苦しみであり重みである」という論考。受験生時代はこうした文章の意味をおそらく分かってはいなかった。今なら東大の先生が問いかけたいことがよくわかる。常識を疑い、深い思考をしろ、と。東大のすばらしさを再発見した。現代の偉大な知性による文章を読むことの重要性は誇張しすぎることはできないし、今後も深い思考を摂取していきたい。

一言コメント

受験生時代は東大入試の現代文の文章を味わう余裕など全くありませんでしたが、今見るとどれも素晴らしいものだったということがよく分かります。
2022/4/30

『眠れないほどおもしろい百人一首』

基本情報

書名著者読了日評価分野
眠れないほどおもしろい百人一首板野博行2021年3月27日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

百人一首に収録された100首の歌について、魅力的なエピソードを紹介した本。膨大な数の歌がある中、少なくとも確かに名歌だと言える歌が100首目の前にある。そのことの素晴らしさを感じる。百人一首の恋愛や季節の移り変わりを歌った歌は現代人にとっても共感できるところが多くあり、それ自体魅力的である。最も印象に残ったのは、百人一首の終わり方。源実朝の”世の中は~”の歌、後鳥羽院の”人もをし~”の歌、順徳院の”ももしきや~”の歌は、どれも最後の方に配置されているが、世の中の無常さと、政治的に敗北した人々の切ない運命を感じさせられる。百人一首が編纂された頃には、公家が権力を握り和歌が絶対だった時代は終わりつつあった。そんな時代の流れを”無常観”に重ね合わせ、100首の名歌を収めた歌集を終わらせたことから、定家の想いが伝わってくるように思える。和歌の世は終わったが、定家の残したこの歌集はきっと後世まで残るし、そうであってほしいと思う。

一言コメント

百人一首ファンとして百人一首絡みの本はたくさん読んでいますが、その中の1冊です。昔は前半の有名な歌人の歌を愛唱していましたが、今になると後半の哀愁漂う歌に惹かれます。何度でも味わいたい珠玉の100首です。
2022/4/30

『これで古典がよくわかる』

基本情報

書名著者読了日評価分野
これで古典がよくわかる橋本治2021年3月21日⭐️⭐️Literature

読書メモ

どうすれば古典が”分かる”のか、それを語りつくした本。一番元をたどると、日本語が”漢字”という外国語と”かな”という自国語が混ざり合ってできているということに、古典の難しさがある。万葉集は外国語である漢字で書かれ、源氏物語はひらがなばかりで書かれた。この裏には漢字は男のもの、ひらがなは女のものという認識があった。現代人は和漢混交文をあまりにも当たり前だと思っているから、漢字だけ、ひらがなだけで書かれた文章を読むことができないのだ。平安時代以降”普通の日本語”がようやく誕生する。古文は平安時代至上主義的な傾向があるが、敢えて読みづらい日本語を読ませることに何の意味があるのか。筆者はそう疑問を投げかけているように思える。一冊の中で古文について様々な観点から語っているが、結局古文が難しいことには変わりはない。一つ筆者が言いたいことがあるとすれば、もちろん背景への基礎知識がないと古文は分からないが、古文は過去の”現代人”が書いたものに過ぎず、過度に恐れることも、過度に神聖視することもするべきではない―ということなのではないか。

一言コメント

日本語の変遷から語る古文論です。この本を読んでも、中々「古文が分かった」とはなりませんでした。やはり古文は難しく、専門家でも何でもない身で、「自分だけの力で理解する」ことは諦めていますが、それでも専門家によって書かれた古文の解説書を読んで古文を堪能することは可能だと思うのです。今後も古文に対してはそうした関わり方をしていきたいと感じます。
2022/4/30

『眠れないほどおもしろい徒然草』

基本情報

書名著者読了日評価分野
眠れないほどおもしろい徒然草板野博行2021年3月20日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

徒然草の面白さを語った本。わずか30歳頃で出家した兼好は70歳過ぎで亡くなるまでつれづれなるままに文章を書き続けた。そんな徒然草は章の間での矛盾もある―恋についてロマンチスト的な主張を繰り広げる一方で、徹底的な現実主義者だ―が、人の考え方は日々変わるものだから、そのことによってかえって作品の価値が上がっているように思える。他の章でも兼好は、人間に対しての深い洞察を語っている。凡人は形を大事にせよ、寸暇を惜しむな、といった教訓は今でも通用する。おそらく兼好法師の考えで一貫しているのは”無常観”、すなわち俗世的な富や権力は永遠ではないという認識と、現実主義、すなわち人間は決して高尚な善なる存在ではないのだという認識にあるのではないか。俗世と仏教の道の間で揺れ動き、冷静な目で人間を見つめ続けた兼好法師。いつの時代も人間は変わらない。徒然草の魅力がよく分かった。

一言コメント

徒然草は知識としては知っていても、その中身はほとんど知りませんでした。この本を読むと、その中身は兼好法師が人生の色々なできことについて自由に語ったもので、現代にも生きる教訓が多くあるということがよく理解できます。昔の人が考えてきたことを知るのは面白いですね。
2022/4/30

『1984年』

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書名著者読了日評価分野
1984年ジョージ・オーウェル2021年3月18日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

権力の恐怖を描いた作品としてあまりにも有名だが、そのリアルさにとにかく圧倒される。時は1984年、人々”プロール”と”党員”に分断され、党員は四六時中党に監視される。”テレスクリーン”があちこちに配備され、どんな反逆的な行動も許されない。”思考犯罪”という言葉があり、反抗的な思考をしたとみなされると、存在そのものが消去、すなわち”蒸発”させられてしまう。文字通り、”Big Brother Watches you”の世界。そうした恐ろしい権力の維持を可能にしているのは、徹底的な検閲、文字の簡略化と思考の略奪、絶え間ない歴史の修正にある。主人公ウィンストンは歴史の修正に携わる党員だが、党の主張に疑問を抱き、ジュリアと恋に落ちる。彼はオブライエンに惹かれ、伝説的な反政府組織に加入する――と思いきや、組織は存在せず、オブライエンは党の人間だったのだ。ウィンストンは凄惨な拷問を受け、ジュリアを裏切り、”2重思考”を身に着ける。そして最後にはこう言うのだ。”Big Brotherを愛している”、と。救いのない結末に裏切られた。この本では何よりも、全体主義体制を実現させるための機構のリアルさに感服させられる。名著には読み継がれている理由がある。そして、これからも読み継がれてほしい。いつだって時代はBig Brotherを作りたがる。それを止められるのもまた人間しかいないのだから。

一言コメント

権威主義体制の恐怖を描いた有名な作品です。実際に読んでみると、そこに書かれる権力を維持するための仕組みの見事さに驚かされます。臆面もなく嘘が垂れ流され、権威主義の恐怖をこれでもかという程感じさせられている2022年、今こそ読むべき本ではないでしょうか。『1984年』が完全に時代遅れになる日が来ることを願います。
2022/4/30