『源氏物語の楽しみかた』

基本情報

書名著者読了日評価分野
源氏物語の楽しみかた林望2021年3月17日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

源氏物語は面白い―そのことが身に染みてわかる本。
源氏物語と親子の情、源氏物語の死の描かれ方、源氏物語と夫婦の在り方など、様々な観点から源氏物語を深めていく。中でも印象に残ったのは、葵上、明石の君、紫の上をめぐるエピソード。
葵上は右大臣家と対立する運命にあり、光源氏の心は藤壺にだけ向いている。そんな中で葵上と光源氏の婚姻がうまくいくはずがなかったのだ。一時光源氏は葵上のことを想い、夕霧が生まれるが、間もなく葵上は六条の御息所の祟りで孤独の中亡くなってしまう。葵上は決して冷淡だったわけではなく、運命に翻弄された不幸な女性だったのだろう。「葵上は一人で死ぬことで光源氏へ復讐を果たしたのではないか」、重くて深い洞察だ。
明石の君をめぐっては、父明石の入道が一人明石に残り、明石の君と明石の姫君が都に戻る悲しい離別のシーンが紹介される。明石の君も立派な女性として描かれるが、入道の生き様も立派というほかない。
光源氏に最も深く長く愛された紫の上については、本書で最も紙幅を割いて語られる。光源氏の浮気癖に悩まされつつも、それとなく諫める気位の高さ。明石の姫君を自分の子どものように育てる優しい心。そんな気位が高く、美しい理想の女性、光源氏の最愛として描かれる紫の上の人生は幸せだったのだろうか。苦しみも多かった人生だと思うが、育てた明石の中宮からは最大の敬意をもって看取られ、死後は光源氏に限りなく悼まれたーそのことをもって紫の上の人生は報われたと言えるかもしれない。源氏物語は面白い。

一言コメント

源氏物語について深く語った書。専門家の解説があると、物語を何倍も楽しめるということがよく分かります。古典は深く、人生を豊かにしてくれるものですね。
2022/4/30

『変身』

基本情報

書名著者読了日評価分野
変身カフカ2021年3月13日⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

「ある朝、目をさますと、自分が一匹の巨大な虫に変っているのを発見した」、そんな衝撃的な文章から始まる物語は一貫して意味不明である。虫に変ってしまった理由は全く語られない。主人公はなぜか虫になってなお冷静に思考している。家族はザムザを恐れつつも、虫になったことは自然と受け容れている。この作品はとにかくグロテスクで不条理でもある。虫の描写はリアルであり、不快感すら感じる程だ。結末には全く救いがなく、父の投げたリンゴによる傷がもとになってザムザは死亡し、家族はまた別の場所で新しい生活を始める。カフカはこの小説を通して何が言いたかったのだろう?「父と子の対立が書かれている」など、様々な解釈が存在しているが、ピンとくるものはない。無理にカフカの考えを読み取ろうとしても、得るものはないのかもしれない。少なくとも面白い作品ではないし、深い意味が分かったわけでもない。ただ謎と不快感だけが残った。が、恐らくその感情は忘れられないだろう。それがカフカの意図であったとするならば、全く見事に嵌められたというしかない。

一言コメント

とにかく意味が分からない作品で、もう一度読み直したいとは全く思えませんが、確かにその内容は今も心に残っています。不条理文学の極致という気がします。
2022/4/30

『ティファニーで朝食を』

基本情報

書名著者読了日評価分野
ティファニーで朝食をトルーマン・カポーティ2021年3月13日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

ティファニーで朝食を―そんな上流階級の生活を夢見て、金持ちに囲まれる日々を送るホリー・ゴライトリー。冴えない主人公はそんな彼女の生き方に徐々に惹かれていき、ホリーも主人公に少しずつ心を許すようになっていく。そんなホリーは意図せずして、犯罪者に情報を流してお金をもらう役割を担っていた。彼女は犯罪が発覚すると同時にすべてを失い、国外逃亡を決意する。その後彼女はどうなったのだろうか?その手掛かりとも言えるものは、アフリカから届いた一つの目撃情報だけだ。過去の田舎での生活を捨て、理想を夢見て、どこまでも自分らしく―悪く言えば自分勝手に―生きたホリー・ゴライトリー。彼女に惹かれる主人公の想いには共感する。
本文で書かれていないが、きっとホリー・ゴライトリーはどこか遠くで彼女らしく生きている。そう思わされた。

一言コメント

映画版ではオードリーヘップバーンが演じたことで有名な『ティファニーで朝食を』。勝手に持っていた先入観とは違って、主人公ホリー・ゴライトリーの暮らしは虚飾に塗れたものでした。本作品では描かれなかったホリー・ゴライトリーの「その後」をどう考えるかは、読者に委ねられているのでしょう。
2022/4/30

『オリヴァー・ツイスト』

基本情報

書名著者読了日評価分野
オリヴァー・ツイストチャールズ・ディケンズ2021年3月12日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

救貧院で悲惨な境遇の中生まれ育った孤児オリヴァー・ツイストの人生を描いた物語。オリヴァーは悲惨な境遇の中でも純粋な心の少年に育ち、周囲の”教区の紳士達”の冷酷さとの対比により、その異質さが際立って見える。そんなオリヴァーは救貧院から奉公に出された家を抜け出し、盗賊団の首領フェイギンに拾われる。オリヴァーは盗賊団から抜け出し、心優しいブラウンロー氏やメイリー夫人の下で一時の幸せを得るが、フェイギンと悪党サイクスは協力者ナンシーの手引きでオリヴァー・ツイストを取り戻そうとする。彼らがこれほどまでにオリヴァーにこだわった裏には、オリヴァーの出生の秘密―オリヴァーは豊かな紳士の隠し子だった―とその事実を抹消しようとする兄モンクスの陰謀が存在したのだ。ナンシーの密告とその後の悲劇があり、全登場人物が相まみえる大立ち回りの末、物語はハッピーエンドを迎える。一冊を通し、善なる人々―純粋な少年オリヴァーとブラウンロー氏などの周囲の大人―と、悪なる人々―フェイギンやサイクス、バンブル氏―の対比が明確に描かれ、大きな勧善懲悪物語としての体をなす。今の感覚だと物語の流れがやや粗削りな印象を受けるが、都市部で悲惨な貧困が問題となっていた19世紀末にあって、オリヴァーの純粋さは大きな社会的影響を与えたのではないか。イギリス最大の文豪と言われる理由はわかる。

一言コメント

文豪ディケンズの作品。悲惨な貧困状況を描いたリアリズム作品としては、やや現実味に欠ける点においてゾラなどの作家に劣る感触を受け、勧善懲悪のエンタメ小説としては、他にもっと面白い作品があるのではないかと感じさせられてしまいます。が、純粋で善なる少年が、周囲の優しい人々に助けられ、悲惨な境遇を脱していく物語は、貧困の悲惨な実態があった中で求められた”現実であって現実ではない”物語だったのかもしれません。
2022/4/30

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

基本情報

書名著者読了日評価分野
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?フィリップ・K・ディック2021年3月13日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

地球が核戦争で滅び、人々が火星に移住した世界。人々はリアルの動物を所持することがステータスになっている。一人目の主人公リック・デッカードは、逃亡アンドロイドを処理する賞金稼ぎである。彼は人間と見分けがつかないアンドロイド、まるでアンドロイドのように残酷な人間を見て心が揺さぶられ、アンドロイドと関係を持つ。もう一人の主人公イジドアは貧しい〇特で、逃亡アンドロイド3人と心の交流をし、孤独を癒す。共感力を持つものが人間で、そうでないものがアンドロイドだ―そんな常識が壊れ、少しずつ人間とアンドロイドの境目が不気味に消えていく。デッカードは迷いながらも3人のアンドロイドを処理し、同じタイミングで、一時デッカードと関係を結んだレイチェルに残酷にも山羊を殺される。山羊を殺すことは、この世界では恐ろしいほどの共感力の欠如であり、アンドロイドと人間の間の厳然たる差異が提示される。最後にデッカードは人間の妻イーランとの関係性を取り戻すが、電気ヒキガエルにも愛着を覚える。物語が進むにつれて人間とアンドロイドの境目が曖昧になっていき、再度差異が目の前に提示されたと思いきや、最後には電子の命への共感をもって終わる。読み終わった後、人間とは何か一層わからなくなった。いつか人間とアンドロイドの区別がつかなくなる日はきっと来る。人間性についての深い問いを投げかけた名作。

一言コメント

タイトルだけはあまりにも有名ですが、実際に読んだことがある人はそれほど多くはないかもしれません。人間とアンドロイドの違いは現代で一層重要なテーマになっているように思います。是非読み継がれてほしい作品です。
2022/4/30

『ジキルとハイド』

基本情報

書名著者読了日評価分野
ジキルとハイドスティーブンソン2021年3月6日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

高潔で立派なジキル博士、彼の中には醜悪な人格ハイドという男がいる――。2重人格が扱われた原典というべき作品。ジキル氏は内にいる悪い本性の誘惑に抗えず、薬の力を使って、ハイドを作り出した。最初のうち両者は共存していたが、次第にジキル氏はハイドの人格に飲み込まれていく。ハイドは殺人を犯し、ジキル氏は手段を尽くして運命に抗うが、最後には破滅を迎える。誰の中にもきっと多かれ少なかれハイドの人格は存在するが、理性で抑え込んでいる。ハイドの声が大きくなったとき、人は破滅に至るのだ。短くて読みやすい小説でありながら、人間の本性に対する深い洞察に基づいた見事な作品だった。

一言コメント

2重人格テーマの作品として有名です。この物語を真に堪能するには、現代は2重人格というテーマが当たり前になりすぎてしまっているのかもしれません。
2022/4/30

『星の王子さま』

基本情報

書名著者読了日評価分野
星の王子さまサン=テグジュペリ2021年3月6日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

砂漠に不時着した飛行士が星の王子さま(”Littele Prince”)に出会う。可愛らしいイラストに彩られた子ども向けの物語に見えるが、王子さまは深いメッセージを残している。小さな星で、小さな花を大事に守る日々は美しい。王子さまは、空を見上げればどこかに自分の星があるから、ぜんぶの星が友達になるねと言い残して去って行く。飛行士と王子さまの短い心の交流が心に残る。

一言コメント

子ども向けの物語としてあまりにも有名ですが、大人が読んでも伝わってくる魅力があります。文学作品を読むとき、つい深い意味を捉えようとしてしまいますが、この作品については、童心に返って王子さまとの心の交流を愛おしく感じるだけで十分なのかもしれません。
2022/4/30

『眠れないほどおもしろい源氏物語』

基本情報

書名著者読了日評価分野
眠れないほどおもしろい源氏物語板野博行2021年3月6日⭐️⭐️Literature

読書メモ

源氏物語のあらすじと面白さをまとめた本。光源氏と取り巻く人々の波乱万丈の人生を知るだけで面白い。原文を通しで読むことはないだろうが、作品の概要を知るだけでも人生が少し豊かになった気がする。

一言コメント

感想は短めでした。この後、他にもいくつか源氏物語関連の著作を読んだので、そちらの印象の方が強かったのかもしれません。1000年前の長編小説が今に伝わっていることの偉大さはしみじみと感じます。
2022/4/30

『予告された殺人の記録』

基本情報

書名著者読了日評価分野
予告された殺人の記録ガルシア・マルケス2021年3月6日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

サンティアゴ・ナサールが、アンヘラ・ビカリオの名誉を守るため、彼女の兄弟に殺されることは村人全員が知っていた。それなのに、その殺人は誰も止められなかった。いったいなぜなのか?―その理由がまるで現実の事件録のように淡々と語られる。
犯人も動機も被害者も何もかもが最初から明らかなのに、とにかく続きが気になってしまう。村人たちは、無関心から、加害者がそんなことをするはずがないという楽観から、豊かな外国人への潜在的な人種差別的感情から、その犯罪を知っていて止められなかった。その上に不幸な偶然が積み重なって、凄惨な殺人が起きたのだ。殺人を止められない周囲の空気はグロテスクで、暴力的でさえある。この短さで、淡々とした筆致で、”空気”の恐ろしさを描き切ってしまう筆者の天才性に衝撃を受けた。

一言コメント

村中の誰もが知っていたのにも関わらず、凄惨な殺人が起こってしまった。その過程を見事に書き上げた作品です。短い作品ですが、文学のすごさを感じさせられます。同じ作者の『百年の孤独』はとにかく長くて読みづらいので、まずはこちらを読むことをおススメします。
2022/4/30

『時計じかけのオレンジ』

基本情報

書名著者読了日評価分野
時計じかけのオレンジアントニー・バージェス2021年3月6日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

時計じかけのオレンジ、この作品ほどグロテスクな暴力描写を見たことがない。主人公のアレックスはわずか15歳でありながら、あらゆる暴力を経験し、ついには女性を殺害した罪で収監される。彼は新しい更生法を実施され、暴力を見ると吐き気を催すようになり、自由意志が完全に奪われる。これではまるで”時計じかけのオレンジ”ではないか―。アレックスを時計じかけに変えた政府の抑圧は恐ろしいが、彼の自由意志、オレンジも本当に恐ろしい。最後にアレックスは自由意志を取り戻し、加筆された章では暴力への意思をなくしてハッピーエンドで終わる。人の本性がグロテスクなほどの暴力衝動にあるのならば、彼はオレンジを取り戻すべきだったのか?その答えの出ない問いが心に残る。今よりはるかに暴力の多い1960年代に発表された本書に描かれている暴力性は、現代には全く当てはまらないように思えるが、それは時代次第でどう変わるかは分からない。物語として面白いかは何とも言えないが、少なくとも心に残る作品だった。

一言コメント

若者の暴力描写の凄まじさが印象に残る作品です。これほどまでの暴力性は1960年代という時代を感じさせますが、人間のどこかにはこうした衝動があると考えると空恐ろしくなります。これからも賛否両論ありつつも読み継がれていく作品でしょう。
2022/4/30