基本情報
書名 | 著者 | 読了日 | 評価 | 分野 |
声の文学 | 西成彦 | 2022年1月9日 | ⭐️⭐️⭐️⭐️ | Sociology |
読書メモ
抑圧の構造とイデオロギーの再生産が繰り返され、歴史は強者によって紡がれる―それが世界の現実だった。本書において筆者は、文学を含む「抑圧された人々の語り」にスポットライトを当てることで、こうした構造の超克を試みる。
植民地支配、人種差別、性差別、あらゆる構造の陰に抑圧された人々がいた。そうした人々の多くは沈黙のまま死んでいき、残された人々も「恥」の意識の中で、声を上げることは容易ではなかった。そんな中、強者によって書かれた歴史書によって歴史は表現されてきたのだ。そうした構造に一石を投じたのが「声の文学」である。こうした作品は、フィクション・ノンフィクションの別を問わず、抑圧された人々の声にフォーカスする。
例えば、本書で繰り返し引用される津島佑子氏は「葦船、飛んだ」という小説の中で、「混血」の子を身ごもった引揚げ女性が、生まれた子どもが歓迎されない社会の中で追い込まれる様を描いた。彼女は戦時性暴力の被害者であるが、平時になり、帰国した彼女を待っていた日本人男性の純血主義、性暴力に対する無理解といった構造もまた糾弾されるべきものだ。言うまでもなく、日本もまた加害者を経験している。長らく沈黙を強いられた後、元従軍慰安婦や徴用工の人々の声によって、植民地主義、男性中心主義が生んだ苦しみが日の目を見ることとなった。
本書は様々な「声の文学」を引用しており、抑圧された人々の声は心に刺さる。声が聞こえないふりをし、強者の側に立って抑圧に加担する方が容易であるに違いないが、その道を選んではならないというのが筆者の強いメッセージだ。声に耳を傾け、抑圧された人々に寄り添って生きる、そんな生き方を多くの人が選ぶ社会になることを願う。
一言コメント
権力者によって紡がれた「歴史」の陰には、記録に残らない無数の声が間違いなくありました。そうした声に耳を傾ける社会であってほしい、今もこの読書録を書いた当時と同じことを思っています。
2022/10/1