『破戒』

基本情報

書名著者読了日評価分野
破戒島崎藤村2022年4月9日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

教師として生きる瀬川丑松が父から授けられた一つの戒め、それは、「穢多」であることを隠して生きろということだった―。この物語は、部落差別が未だ厳しく残る20世紀初頭の日本で、被差別部落に出自を持つ主人公の苦しみを見事に書き上げたものである。
丑松は被差別部落出身であるが、出自を隠して教師をしており、子どもたちからも人望が篤い。そんな丑松であるが、同じ出自を持ちながら、進歩的な思想を広めている猪子廉太郎先生に触れ、出自のみで不当に貶められる社会への憤りを感じる一方で、出自を隠して生きざるを得ない自分の人生に苦しむ。そんな中、出自を隠して生きろという戒めを授けた父が死に、猪子廉太郎の政敵高柳の陰謀で、丑松自身穢多なのではないかという噂が立ってしまう。
猪子廉太郎の死を経て、丑松は苦しみ抜いた末、戒めを破る決断をし、友や愛する人、生徒たちに自らの出自を告げて謝罪する。軍国主義的な学校や校長は丑松を排斥するが、無二の友銀之助、想い人のお志保は、丑松が出自を明かした後も彼に変らぬ愛と友情を注ぐ。生徒たちもまた、丑松のことを慕い続ける。全てを明かして戒めから自由になった丑松は、新天地を求めて去って行く。
この物語は、丑松という青年が、他者によって規定された自己(=他我)を受け入れ、自由を獲得していく物語であり、サルトルの哲学を感じさせられる。一方で、丑松は優れた先生に恵まれ、素晴らしい友人と想い人に囲まれた幸運な存在でもあって、同じように出自を受け入れて生きていくことは難しかっただろう。また、軍国主義の物語は強固で、丑松自身学校を去ることを余儀なくされてもいる。決して全てが解決してのハッピーエンドだったというわけではないけれども、丑松の生き方はその時代の差別に対して大きな疑問を投げかける力を持っていたのではないか。今でも、他者によって規定された自身のアイデンティティを容易には受け入れられない人が多くいる。少しでもそうした状況を変えていくために―、本書は時を越えて読み継がれていってほしい。

一言コメント

久しぶりの日本文学でした。差別を受けている人間が、自身のアイデンティティをどう獲得していくか、というのは西洋哲学でもあるテーマですが、それを素晴らしい力を持って書き上げた作品です。その内容こそ変わっていますが、今でも様々な差別は残っているこの社会で、読まれ続けてほしい傑作です。
2022/10/2

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