基本情報
書名 | 著者 | 読了日 | 評価 | 分野 |
絡まり合う生命 | 奥野克巳 | 2022年2月11日 | ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ | Anthropology |
読書メモ
ボルネオの森で暮らすプナンの人々にとって、世界は人間だけのものではない。人間、テナガザル、テナガザル鳥、森、その全てが意志を持つ存在者として絡まり合って、狩猟という生命のやりとりがなされるのだ。そんなプナンの人々の知恵は、人間中心主義の果てに「人新世」を迎え、人間以外の全てを破壊しつつある現代人に大きな疑問を投げかけている。人類学は過去も動植物の存在を無視していたわけではないが、人間中心主義の克服を目指して「マルチスピーシーズ民族誌」を生み出した。人間を「human beings 人間ー存在」としてではなく、他の生物との絡まり合いの中で生まれる「human becomings 人間ー生成」として捉える見方がそこにはある。近年のコロナ禍においても、人間と自然の関係は問い直されている。動物由来感染症の拡大は、人間と自然が近づきすぎたゆえに起こったものである。人間だけが地球の主人ではない。この考え方は近代以前は当たり前だった。世界中で見られるアニミズム信仰は、人外との内面的・精神的な繋がりを強調する。現代においてこそ、それらの知恵に学ぶことが多くある。最終章で筆者は、人類学の未来を語る。人類学で主流であったのは「厚い記述」であったが、近年では「薄い記述」も再評価されてきている。ポストヒューマニズム時代に求められる人類学の記述は、その両者を組み合わせたものだ。そして、人間を超えた人類学は、「人間の耐用年数はあとどれほどか」という喫緊の課題に挑む足掛かりをもたらすだろう、と。本書はボルネオの森から始まり、人類を超えて絡まり合う生命圏全体の視点に読者を導いてくれる。ポストモダンの中、自己批判を起こして学術的な影響力を落としていた人類学であるが、これからの人新世において、「マルチスピーシーズ」人類学はヒューマニズムを超克するための知恵として大きな意義を持つのではないだろうか。
一言コメント
人間という種を超えた人類学、その壮大な世界にはとても心惹かれます。動物の権利保護運動などに見られるように、今世紀は脱―人間中心主義が主要テーマになるはずで、その中で人間以外の生物との絡み合いに関わる記述は大きな意義があると思います。持続的な人間ー動物の関係性を築くにはどうすればいいか―、人類に突き付けられた難しい宿題です。
2022/10/2