2021年も終わるので、改めて今年1年間の読書歴を振り返ってみたいと思います。
2021年から、Notionを利用して読書録をつけ始めました。前記事では全体的な振り返りを行ったので、本記事ではテーマ別に印象に残った本を紹介していきます。
3. 物理・化学・生物学
知識はそれほどありませんが、やはり科学は面白いと感じます。ニュートンと日経サイエンスを定期購読しつつ、この分野は20冊程度読みました。
①『量子力学の奥深くに隠されているもの』ショーン・キャロル
まずは物理系から1冊。量子力学と言えば、我々の常識を超えたミクロの世界の振る舞いが有名です。量子力学は高い予測精度を誇り、様々な技術に役立てられている非常に実用的な学問ですが、その理論をどのように解釈するべきかはわかっていません。以下は読書録からの引用です。
量子力学の観測事実は、あらゆる物質は波動として存在し、観測することで粒子としての性質が現れることを示す。これを”波動関数の収束”で説明したのが伝統的なコペンハーゲン解釈。これに対し筆者は、毎秒環境と量子もつれが発生し、世界が分裂するという多世界解釈(エヴェレット解釈)を唱える。(中略) 量子力学は極めて実用的な理論となっているが、その裏にはある意味棚上げされた解釈問題が横たわっている。多世界解釈は一見奇想天外に見えるが、突き詰めれば、多世界解釈が一番”自然な”解釈だという主張も可能だということが何よりも面白い。
最先端の科学で当然理解できていない部分も多々ありますが、多世界解釈は決してSFの世界だけの話ではなく、説得力のある学説の一つだということは非常に面白いと思いました。量子力学や宇宙論、素粒子論に関しては、解釈問題の歴史を書いたアダム・ベッカー著『実在とは何か』、素粒子論をわかりやすく解説した和田純夫著『物質の究極像をめざして 素粒子論とその歴史』、素粒子論と宇宙論を合わせて解説した村山斉著『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』なども興味深い内容でした。物理はロマンです。
②『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』ジェニファー・ダウドナ
続けて化学系から1冊。ノーベル化学賞を獲ったことで有名なCRISPR技術の創始者が、その創作秘話を語る。以下は読書録からの引用です。
そんなCRISPRにより、遺伝子編集技術は極めて簡易―高校生でもできるくらい―になった。 筆者は後半で、CRISPRが巻き起こす重大な生命倫理問題にも果敢に踏み込んでいる。筆者の提言はこうだ。生殖細胞以外の遺伝子編集による遺伝子由来の病気の解決、これは間もなく実現できるはずだし、病気の苦しみを考えても認められるべきだ。一方、生殖細胞の操作―それは人類の遺伝子について後世にわたって不可逆的な影響をもたらす―については、十分議論された後でないと実施してはならない。 想像を超えるCRISPRの力に空恐ろしくなり、トランスヒューマニズム的な未来を感じさせられるが、筆者のような科学者が倫理的な問題に逃げずに向き合い、開かれた議論を巻き起こそうとしていることには勇気づけられる。人類が科学を正しく使う未来が来ることを願う。
CRISPRは素晴らしい技術ですが、人間の遺伝子が改変されていくトランスヒューマニズム的な未来と切り離して考えることができません。マーク・オコネル著『トランスヒューマニズム:人間強化の欲望から不死の夢まで』やユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』でも語られたように、我々の世代は人体強化や遺伝子改変でさえSFの世界の出来事だと一蹴してはならないと感じます。哲学と科学が手を取り、考えていく必要がありそうです。
③『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄
続けて生物系から1冊。今までの本と合わないくらい可愛いタイトルですが、サイズの観点から生物の生存戦略を読み解いた本書の内容は非常に示唆に富んでいます。以下は読書録からの引用です。
生物界を支配しているのは比例則ではなく、累乗則だ。例えば、標準代謝量は体重のほぼ3/4乗に比例する。単位当たりの酸素消費量は、体重のマイナス1/4乗に比例する。これらを総括すると、生物によって心拍数は異なり、時間の流れ方は異なるが、一生で使うエネルギーは15億ジュールという不思議な事実が明らかになる。ゾウとネズミ、こんなにも異なっているのに、エネルギーという根本的なところに共通点があるのだ。 (中略) 生物はサイズに応じた異なる生存環境にあり、それぞれ合理的な戦略を進化させている、ということだ。
生物はそれぞれの置かれた環境で合理的に生きているがゆえに、どこかに共通項があるのだと感じさせられました。生物学については福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』も非常に面白い内容です。エントロピー増大則に逆らって秩序を保つ生物の本質は、ミクロレベルの絶え間ない拡散とマクロレベルの秩序が共存した動的平衡にある、と。生物という不思議な存在がどこか愛しく思えます。
4. 心理学・脳科学
非常に興味深い分野で、10冊以上読みました。脳が次々に解き明かされていく中で、人間の本質はどこにあるのか考えさせられます。
④『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』ジョナサン・ハイト
まずは心理学から1冊。過去一度読んでいましたが、今年に入っての再読です。自分の思考のコアを作った1冊といっても過言ではないかも知れません。なぜこんなにも人は意見が分かれ、お互いに分かり合えないのか。その理由がわかります。以下は読書録からの引用です。
なぜリベラルは保守に勝てないのか―その理由を解き明かした本。(中略) 政治的議論・道徳的議論において、人間は理性的な判断をしていると思いこんでいるが、実際には、”象”―すなわち直感ーに支配され、”乗り手”―すなわち理性―は直感的判断の正当化を行うにすぎないのだ。 (中略) 道徳基盤は6つ存在(ケア/危害、公正/欺瞞、忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落、自由/抑圧)し、保守主義者はそのすべてを考慮するが、リベラルはケア及び自由基盤を特に重視し、他の基盤は存在しないかのようにふるまう。ここにリベラルが勝てない理由がある。(中略) 人間は社会的な動物なのだ。(中略)その点において筆者は、過度な合理主義や個人主義に陥りがちなリベラルを批判する。 筆者は、リベラルと保守の双方から学び、よりよい道を選ぼうというメッセージをもって本書を終える。
自らの思考の偏りを自覚し、異なる考え方から学ぶこと、それが一番大事なのだと感じます。
⑤『知ってるつもり――無知の科学』スティーブン・スローマンフィリップ・ファーンバック
心理学からもう1冊。これも再読で、自分の思考のコアになっています。個々の人間はこんなにも無知なのに、なぜこれだけ複雑な社会が成り立っているのかがずっと疑問でした。以下は読書録からの引用です。
人類は自分が思っているより遥かに無知である―。(中略) なぜ人類はこんな知覚への過信をしているのか。それは、個人で考えず、コミュニティに知覚を依存しているから。このおかげで個人では決して実現できないレベルの認知的活動を実現できるようになった一方で、他者(AIを含む)に知覚を依存したゆえのリスクも顕在化しているのだ。(中略) 正しい意思決定のために必要なのは、十分な情報を与えることではなく、それぞれの人に専門家の言葉を聞く分別を身に着けてもらうこと。それが教育の役割で、一番必要なことなのだと筆者は説く。
常に知的に謙虚でいたいと改めて思いました。と同時に、無知な人間が集まればこれだけのことができるということには、勇気付けられるように思います。
⑥『運命と選択の科学』ハナー・クリッチロウ
脳科学から1冊。これだけ脳科学が発展した世界で、自由意志と呼べるようなものはあるのか。以下は読書録からの引用です。
「自由意志などない。全ては生物学的に決まっている。」という脳科学的な決定論・宿命論がはびこる世界は絶望に溢れているに違いない。(中略) 恐らく、個々の生物としての人間は、各自が思っている以上に遺伝に影響され、決定論的だ。ただし、そこに自由意志が完全にないわけではない。なぜなら、人間は大きく環境に影響され、集団としてなら、より相互に利他的なように変わることができるから。
人間は遺伝によって決定されている部分は大きく、安易な自己責任論に与するべきではないと感じます。一方で、遺伝で全てが決まり、完全に人に自由意志がないというわけではありません。自分の自由意志を信じつつ、他人には自由意志と自己責任を押し付けない、そんな態度が必要なのではないかと思います。
脳科学の知見を知った上で、人間とどう向き合うか考える、現代の最重要テーマではないでしょうか。
5. 数学
数学力は全くないですが、数学の本も何冊か読んでいます。中身は理解できなくても、数学の面白さには惹かれます。
⑦『三体問題』浅田秀樹
数学から1冊だけ紹介します。相互作用する三体の運動を扱うのは極めて難しいという三体問題について語った本です。以下は読書録からの引用です。
三体問題も二体問題と同じように解けるのか?そうではない。三体になったとたんに問題は恐ろしく難しくなる。 三体問題となると、運動方程式に他二天体の位置が入ってくる。加速度は位置の二階微分であるが、このように複雑に絡み合った微分方程式を解くことは極めて困難だ。
三体問題は現代数学をもってしても全く解けていません。2と3の間に大きな不連続性があるというのは、4次方程式までは解析的に解を求めることが可能になのに、5次方程式になると解けなくなるという別の事実を連想してしまいます。
数学は面白いです。数学と哲学こそが学問の基礎だと説いたピタゴラス学派の気持ちはよくわかります。