基本情報
書名 | 著者 | 読了日 | 評価 | 分野 |
暴力の人類史(上) | スティーブン・ピンカー | 2021年2月22日 | ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ | Philosophy |
暴力の人類史(下) | スティーブン・ピンカー | 2021年2月22日 | ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ | Philosophy |
読書メモ
(上巻)
アメリカ学問会の異端児スティーブン・ピンカーが、”現代は歴史上最も平和なのだ”ということを大量のデータを用いて解き明かした本。上巻では、主に身体的な暴力の減少が語られる。戦争から殺人事件まで、規模の違う殺人は減り続けている。過去の拷問や戦争の記録を見ると、どうしてこれほど人は残酷になれるのかと感じさせられるくらいだ。アメリカについていえば、1960年代のカウンターカルチャー、非文明化という例外的なプロセスによって暴力が再拡大したが、1970年代以降再文明化が進み、再度暴力は減少している。
彼はこの暴力減少の理由を”人道主義革命””権利革命”にあると説く。すなわち、西洋的な普遍主義的な啓蒙主義だ。ポストモダンの思想の中では、啓蒙主義、合理主義、普遍主義はむしろ破壊的な帰結(植民地支配と二度の世界大戦)を招いた悪とされた。そうした中で啓蒙主義の正の側面を強調するピンカーは全く異端児というほかない。尤も、戦争や暴力といった大きな事象を、時系列のマクロデータを基に扱う研究には懐疑的にならざるを得ない。人間はマクロデータからはどんな勝手な”法則”だって見つけ出し、後付けの解釈をしてしまうから。とはいえ、”暴力は減り続けている。破壊的な暴力が起きないと断言することはできないが、おそらく起きそうにない”という筆者の主張には一定の説得力がある。
(下巻)
下巻では、直接的な暴力ではない抑圧が消えていく過程の説明と、暴力を促進・抑制する人間の心理的要因についての洞察がなされる。人種差別については、人種を理由とした暴動の減少や、差別的な広告の消滅に見られるように、急速に改善していった。ハックルベリー・フィンで描かれている通り、黒人奴隷を逃がすことは、所有者への加害であり、奴隷本人の自由は無視されていたのだ。女性へのDVも減少し、女性をめぐる価値観はリベラルな方向に進み、過去のリベラルより今の保守派の方がよっぽどリベラルだ。子ども殺しの風習は排除され、ドッジボールを避ける程度には子どもへの暴力は悪だとされるようになる。同性愛者も権利を保護されるようになる。動物の権利論も盛んに提起され、動物への暴力は悪だとみなされるようになる。動物の権利擁護がこのまま進み、人類が動物を家畜にし、動物の肉を搾取して生きていることが悪とされるようになるかはわからない。(が、個人的には潮流としては不可逆だと思える。)
暴力の減少について語られた後は、暴力を促進する要因が分析される。暴力を促進するのは、”プレデーション”、”ドミナンス”、”リベンジ”、”サディズム”、”イデオロギー”である。人はパウマイスターの純粋悪の神話(被害者の視点に立って、加害者をサディスト、サイコパスだとつい思いこむ)に陥りがちであるが、暴力を生む心理学的動機は、どの人間も持っている極めて普通のものなのだ。それなのに暴力が減少しているのは、抑制要因が強く働くからに他ならない。暴力を抑制するのは、”共感”、”セルフコントロール”、”道徳”、”理性”である。誰かの立場に立つ”視点習得”は有効だが、反共感にもなりうる。セルフコントロールは脳の集中を必要とし、脆いものだ。道徳的な議論になると人は全く分かり合えない。理性は過去批判され続けてきたが、”道徳を無効化”して理性と市場原理の役割を強め、知能を高めることが最も暴力を抑制するのだと筆者は説く。
最後の章で、改めて筆者は啓蒙主義がもたらした達成に感謝するとともに、これからさらに暴力を減らすには何をするべきか考察する。現在の抑圧を強調するリベラルにとっては不都合な真実かもしれないが、希望の書という表現は見事に合っていると思う。
一言コメント
スティーブン・ピンカーの大著。大量の事例が語られていて、とにかく長いです。読んだ当時は「暴力は減っている、啓蒙主義は素晴らしい」という主張に大いに共感しました。それは今でも大枠は変わっていないですが、破壊的な暴力がまさに起きている様子を見せられているのが2022年です。ピンカーもあらゆる破壊的な暴力の可能性を否定したわけではないため、主張そのものを損なうわけではないのですが、そうは言っても、啓蒙主義で平和が達成できたと主張するには、残念ながら少し早すぎたのかもしれません。
2022/3/6