『Humankind 希望の歴史(上)』『Humankind 希望の歴史(下)』

基本情報

書名著者読了日評価分野
Humankind 希望の歴史(上)ルドガー・ブレグマン2021年7月30日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Philosophy
Humankind 希望の歴史(下)ルドガー・ブレグマン2021年7月31日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

(上)
筆者は説く、人間の本質は善であるーと。今まで数々の言説によって、人間の本質は悪だと主張されてきた。しかし、人間の本質を悪だとする主張は事実を正しく捉えていないし、予言の自己成就のメカニズムを通じて、人間を実際に悪にしてしまうという意味において最悪なのだ。人間性に対して悲観的・冷笑的な見方をすることが常識となっている世界で、人間の善性を強調することは非常に挑戦的に見える。しかし、自ら人間性を貶めることによる悪のループから人間を救うためには、こうした希望に満ちた主張が、今最も求められているのではないだろうか。
本書ではこの主張を裏付けるため、ヒュドラのように恐ろしい「ベニヤ説」―人間の本質は悪だという「神話」―を一つずつ反証していく。
「蠅の王」は無人島に漂着した少年たちの恐ろしい争いを描いたが、現実に起きた「蠅の王」の物語は、人々の善性を示す美しい物語だった。ホモ・サピエンスは武力や知力で秀でていたわけではなく、「ホモ・パピー」として自らを家畜化し、協力が可能になったことで、人類種の頂点に立った。マーシャル大佐の事例は、戦場という極限的な場所にあってさえ、人間は人を殺せないということを物語る。考古学の証拠は、狩猟採集民は決して野蛮な殺人者ではなかったことを示している。結局、ホッブズの性悪説とルソーの性善説でいうとルソーの主張が正しかった。人間は本来善性を持っているが、農耕が始まり、文明が生まれ、一握りの残酷なリーダーに支配されたことで、数々の悪なる行動に走ってしまったのだ。
一方、ここまでの主張だけですべての問いに答えられたわけではない。人間の善性を主張する上で絶対に越えなくてはならない壁がある。それは、アウシュビッツをどう考えるか、という問題だ。理性と啓蒙主義の国ドイツで起きたユダヤ人大量虐殺という悲劇。それはまさに人間の悪なる性質の表れではないかーと。
筆者はアウシュビッツ後の思想的潮流の中で行われ、人間の本質は悪だと主張する根拠となった実験を反証する。スタンフォード監獄実験は捏造にまみれ、ミルグラムの電気ショック実験は「権威への服従」の事例とはいい難い。アーレントがアイヒマン裁判から導き、彼女の真の考えから独り歩きしてしまった「悪の陳腐さ」の主張―すべての人に悪が宿っており、アイヒマンは普通の人間にすぎない―は、決して真実ではない。アウシュビッツは、人間の善性がナチスの繰り返しの洗脳によって歪められた結果起きたのだ。
主張や出来事は人間の悪性を強調するよう婉曲して広められる。深く事実を分析してみると、我々はそれほど悲観的になる必要がないということがよく分かるのだ。

(下)
上巻で人間の善性を示した筆者だが、下巻は善人がなぜ悪人となってしまうのかに関する分析から始まる。
第2次大戦のドイツ軍の抵抗は、戦友に対する共感によって支えられた。人々は決して望んで人を殺し、死んでいったわけではなかった。権力者によって敵に対する共感の感情を失うよう仕向けられ、戦友への共感の意識を利用されたのだ。ではなぜ、本来友好的で善なる人間が、人を戦争に送り出すような恥知らずな人間をリーダーに据えてしまうのだろうか。これは、マキャベリの君主論がリーダーに読み継がれ、ノセボ効果を生んでいるからであり、権力を保持することは必ず腐敗を生むからである。
ここまで文明による善性の喪失が語られてきたが、これは、近代以降克服されるように見えた。理性と啓蒙主義によって。しかし、啓蒙主義もまた道を間違えてしまった。人間の悪性を仮定したことにより、その予言が自己成就してしまったのだ。
これから先、人類が運命を変えるには何をすればよいのだろう。人の善性を信じる、信頼に基づく新たな現実主義を導入することだ。
従業員を信じれば、複雑な経営管理など必要ない。報酬はかえってモチベーションを失わせる。子どもの時間を縛るのではなく、彼らの自由に任せることが必要だ。政治権力は広く分かち合う。コモンズは失敗しないので活用しよう。
何より大切なのは、思いやりと信頼をもって人と関わることだ。ノルウェーの刑務所は受刑者に好待遇を保証する。この結果、人を次々に収監しているアメリカより遥かに再犯率は低くなっている。南アフリカのアパルトヘイト廃止に向けた歴史は、対話が信頼を生み、社会の分断を克服できる可能性を教えてくれる。
人が人に思いやりと信頼をもって望めば、きっと向こうもそれに答えてくれる。第1次大戦の塹壕において、クリスマスに自然発生した休戦のように。相互不信の運命を変えようではないかーと。
全く希望の書と言うにふさわしい。人間の善性を信じよう。そして、少しでもすべての人がお互いを尊重し合える世界に近づくことを祈らずにはいられない。

一言コメント

人間の本質は善である―と説いた素晴らしい希望の書ですが、人間の善性を大きく揺らがす悲惨な侵略戦争が始まってしまった今、どこか虚しさを感じてしまいます。ただ、それでも、人類への希望は失ってはいけないと同時に思います。人間観を根本的に変えてくれる素晴らしい書で、是非多くの人に読んでほしいです。
2022/5/1

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