基本情報
書名 | 著者 | 読了日 | 評価 | 分野 |
ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語 | 品田遊 | 2021年8月22日 | ⭐️⭐️⭐️⭐️ | Philosophy |
読書メモ
出生は悪であり、人類は出生を減らし、自ら絶滅を選ぶべきだ―。それが反出生主義の主張である。一見すると荒唐無稽なこの主張は、実は分かりやすい論理に支えられている。本書は、10人の人間が、人類を絶滅させる力を持った悪魔から人類を滅亡させるべきかの話し合いを行うように求められたという設定のもと、彼らの議論の形を借りて、様々な視点からの意見を提供する。
ブラックは反出生主義者である。彼の言い分はこうだ。人類は普遍的に「他者に苦しめることは行ってはならない」という道徳を持っている。出生とは根本的に無から有を生み出すことで、幸福や苦痛を感じる他者を作り出す。幸福と苦痛は等価ではなく、他者に幸福を与えることは付加的な善であるのに対し、他者に苦痛を与えないことは道徳的義務である。少しでも苦痛を感じる可能性のある存在を生み出すのだとすれば、たとえその子どもが幸福になれる可能性があるとしても、出生は道徳的に悪である。
それぞれの人間たちは、各自の立場から自分の意見を述べる。ブルーは悲観主義で、自分の人生が惨めであるから人間は滅びるべきだと言っている。イエローは逆に楽観主義者で、自分が幸福であるがゆえに、他の人が幸福を感じる可能性を強調し、反出生主義に反対する。オレンジは自由主義者の立場から、出生に対する選択の自由を強調する。ゴールドは利己主義者であり、人類の行く末には全く興味がない。レッドは共同体主義者で、人類全体が連綿と受け継いでいる価値を強調する。ホワイトは教典原理主義者で、神の言葉に反する反出生主義は全く受け入れない。パープルとシルバーは懐疑主義者、相対主義者で、それぞれの考え方を比較しながら、現時点での結論としては反出生主義に反対する。
グレーは本書のもう一人の主人公だ。前半では議論に参加しないが、後半で超越的な視点を提供する。ブラックは道徳的な正しさを強調し、論理で反出生主義を説くが、出生は根源的に個人の価値観に関わる話であり、論理的に答えを出せるものではないのだ、と主張する。
本書は物語の形式をとっていることで、反出生主義に関連した主張が非常によく理解できる。反出生主義は確かにある意味論理的だ。ただし、現時点で自分の立場を表明するならば、反出生主義には反対だ。人類は、自らが生きた証を後世に伝えるということに集団幻想的な価値を感じて生きている。出生が親のエゴであり、他者に苦痛を与えるだけなのであっても、人が生きていく上での必要悪といえるのではないか。そもそも出生には論理を超越した価値があるのだから、一面的な道徳に基づく論理だけで否定されるべきものではないのではないか。本書でいえば、レッドとオレンジとグレーの混ぜ合わせのような主張なのかもしれない。
簡単に読めて、反出生主義を多面的に知るという意味で非常に興味深い本だった。
一言コメント
反出生主義というと過激思想のように思えてしまいますが、その裏には分かりやすい論理があって、簡単には否定できないということがよく分かります。いつか反出生主義が大々的に議論される日が来るかもしれませんが、そうなってほしいくない気持ちが強くあります。
2022/5/4