『アブサロム・アブサロム(上)』『アブサロム・アブサロム(下)』

基本情報

書名著者読了日評価分野
アブサロム・アブサロム(上)フォークナー2022年6月19日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Literature
アブサロム・アブサロム(下)フォークナー2022年6月26日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

(上)
壮大な野望の他には何も持ち合わせず、南部の架空の町ヨクナパトーファ郡に現れたトマス・サトペン。彼は一時サトペン100マイル領地を築き、繁栄を極めるが、一族そろって悲惨な結末を迎える。
本作品はサトペン一家の破滅の謎を、50年近く後から振り返って解き明かしていくという構造をとる。大きな謎は二つ。サトペンの息子ヘンリーは、妹の婚約者ボンを100マイル領地で殺害して失踪したが、何故このような罪を犯さねばならなかったのか。サトペンの妻エレンの妹ローザは、何故サトペンを憎み続けて生きたのか。クエンティンの父ミスターコンプソンやローザの語りから、少しずつサトペン一家の全容が明らかにされていく。
上巻はサトペンがヨクナパトーファ郡に現れ、栄華を極めた時期を中心に描かれる。どういうわけかコールドフィールド氏に取り入ったサトペンは周囲からの信用を求めて娘エレンと結婚し、サトペン100マイル領地を築く。ヘンリーとジュディスの姉妹が生まれ、はサトペンの野望は満たされているように見えた。(サトペンの悪魔的な人間性から、決してサトペンの周囲の人間は幸福ではなかったけれども)。問題が起きたのは、息子ヘンリーがチャールズ・ボンを伴って100マイル領地に帰ってきたクリスマスの夜。サトペンはボンとジュディスの結婚に強く反対し、憤ったヘンリーは家を出ていく。この理由を、ミスターコンプソンは、チャールズ・ボンが混血女性とすでに結婚し、子どもを儲けていたことにあると推測する―が、これには下巻で疑問が呈される。

(下)
下巻では、クエンティンの学友シュリーヴとの語りから多くの謎が解けていく。まずトマス・サトペンが野望を抱いた原点、それは幼く貧しい白人少年だった頃、荘園主の黒人奴隷に門前払いされた経験にあった。それゆえサトペンは、多くの黒人奴隷を隷属させ、大農園を運営するという野望を抱いたのだ。その野望においては、”黒人の血”は介在してはならない。サトペン最初の妻は混血であり、息子も黒人の血を引いていたため、彼は二人と離縁する。
そこまでして土地を去り、首尾よく白人の妻を手に入れ、大農園を築いたサトペンだが、南北戦争に突入し、南部が破滅に向かっていくのと合わせるように、運命の歯車が狂っていく。捨てたはずの息子チャールズ・ボンがヘンリーの親友としてサトペンの目の前に現れたのだ。ボンとジュディスの結婚は破滅を意味する。彼はヘンリーに真実を告げ、彼らの間を割くために動く。ヘンリーはボンとジュディスが異母兄弟であることまでは受け入れるが、ボンの黒人の血だけは受け入れられず、ボンを殺すに至る。子孫を失ったサトペンはローザに言い寄るが、自らの血の継続のみを求める悪魔的態度にローザは激怒し、去って行く。最後には貧しい白人ウォッシュ・ジョーンズの孫娘ミリーに手を出すが、生まれたのが女の子だと分かるとミリーを邪険に扱い、それがゆえにサトペンはウォッシュに殺される。
サトペンの野望は潰え、唯一残った子孫は黒人の血を引き、知的障害を背負ったジム・ボンドだけだった。
この物語は悪魔的な人間であるサトペンの破滅物語ではあるが、彼の人生には南部のたどった運命が色濃く表れている。そもそも彼が野望を抱いたのも白人至上主義がゆえであったし、最初の悲劇を招いた遠因は”黒人の血”を恐れる心理にあった。サトペン100マイル領地が没落したのも黒人奴隷が解放されたからであった。貧しい白人ウォッシュ・ジョーンズが、サトペンの悪魔的な人間性を見てもなおサトペンを妄信していたのも、黒人にさえ馬鹿にされる南部の貧困白人の鬱屈した気持ちからだっただろうし、それが最後にサトペンの死を招いたといってもいい。
全く、南部という土地のなんと呪われたことだろう。本作は珠玉の傑作だ。

一言コメント

壮大な物語の中で、アメリカ南部の屈折した歴史を見事に描き上げたフォークナーの傑作です。フォークナー、一気に好きな作家になりました。長くて読むのは大変ですが、個人的にはかなりお勧めしたい作品です。
2022/10/2

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