『さらば、神よ』

基本情報

書名著者読了日評価分野
さらば、神よリチャード・ドーキンスJanuary 22, 2021⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

「Outgrowing God— A Beginner’s Guide」—本書はタイトルの通り、「神」から脱する方法をドーキンスが鮮やかな筆致で描き上げたものである。宗教意識が薄い日本人(神道や仏教になんとなくの親近感は覚えるが)は考えづらいが、世界では神が当たり前。「科学的に」、神は不要だと述べた本書はとても興味深い。ドーキンスは、まず神の言葉の矛盾を指摘する。聖書は書かれた時期も、選ばれた書物もバラバラで恣意的だ。創世記の物語やノアの箱舟は全く科学的な証拠と合わない。神は信仰心を試し(イサクの犠牲)、他宗教に対して容赦がない。本当に道徳的に見えるか?とドーキンスは問いかける。道徳においては、”絶対主義的理念”が存在し、神などという概念を持ち出さなくても語れるのだ、と主張する。後半では、進化論者らしく、いかにしてこれだけ素晴らしい生命の”デザイン”がされているかを語っている。最後の章では、冗談だと思える事実が、科学によってどう明らかにされてきたかを描く。”神”などという仮定はいらない(オッカムのカミソリを思い出す)、科学を信じよう――そのメッセージは神を信じる多くの人の心に刺さったのではないだろうか。

一言コメント

熱心な無神論者ドーキンスの反宗教論です。ドーキンスの語り口のうまさに、確かに宗教は必要ないのではないかとさえ思わされます。一方で、例えばユヴァル・ノア・ハラリは、”虚構”を集団的に信じる力こそが人類をここまで繫栄させたと主張しており、ドーキンスが述べる程単純ではないように思います。何より、数々の悲劇を生んだ一方で、数々の素晴らしい建築や芸術を生み出し、多くの人を救った宗教という存在を、ただ脱するべきものと捉えることには躊躇いがあります。
2022/3/5

『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場』

基本情報

書名著者読了日評価分野
金融の世界史: バブルと戦争と株式市場板谷 敏彦January 21, 2021⭐️⭐️Finance

読書メモ

”金融”を巡って過去どのような歴史が展開されてきたかを語った書。利子や貨幣の誕生から始まり、大航海時代の価格革命、東インド会社など有限責任会社の誕生、バブルの発生(南海泡沫、チューリップ・バブル)といった歴史的事実をたどる。近現代に入ってからは、世界恐慌やハイパーインフレ、金本位制の崩壊(ニクソンショック)、プラザ合意から日本のバブル崩壊まで網羅的に扱う。最後はファイナンス論。株価はランダムウォークなのか?効率的市場仮説は誤りだと、バフェットは言っている。そうは言っても、割安な株式を見つけることは限りなく難しい。”金融”分野に多少なりとも関わるのであれば、どんな歴史が展開されたかを知ることは決して無駄ではないだろう。

一言コメント

高校卒業辺りで読んだ本の再読。金融の通史として非常に分かりやすかったです。
2022/3/5

『文明が衰亡するとき』

基本情報

書名著者読了日評価分野
文明が衰亡するとき高坂 正堯January 20, 2021⭐️⭐️History

読書メモ

衰亡論―国家がなぜ衰退するかを語った書。
ローマ帝国は、民族大移動が直接的な引き金となって滅びたが、その裏には共和制の崩壊と都市化、その必然的な帰結である市民文化の退廃があった。財政問題の悪化は、領土拡張主義の限界を示したもの。
ヴェネツィアは貿易によって繁栄を享受した。そのヴェネツィアも、トルコの台頭、造船業の衰退(イノベーションのジレンマ)、大西洋貿易への移行により衰退を余儀なくされた。そうは言っても、ヴェネツィアは厳しい環境の中豊かな文化を発展させ、権勢を維持した方だった。
最後の例はアメリカ。1981年に書かれただけあって、黄金時代1960年代への賞賛がベースにある。ベトナム戦争の傷跡の残る中、福祉国家の破綻、国際貿易でのプレゼンス低下、環境問題への懸念などが衰退要因として挙げられている。1980年代にアメリカは復活して、栄光の1990年代を過ごした。しかし、その裏で新自由主義の限界が露呈し、2020年に至る政治の分裂を招いている。
歴史から学べることは何だろう?日本はどう衰亡するべきだろうか?考えるべきことは多い。

一言コメント

高校卒業辺りで読んだ本の再読です。盛者必衰、その中から何を学ぶべきでしょうか。
2022/3/5

『トランスヒューマニズム: 人間強化の欲望から不死の夢まで』

基本情報

書名著者読了日評価分野
トランスヒューマニズム: 人間強化の欲望から不死の夢までMark O’ConnellJanuary 22, 2021⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

人類は技術的シンギュラリティを迎え、やがて不死になる―トランスヒューマニズム(超人間主義)はそんな理想を高らかに掲げる。本書はライターの著者がトランスヒューマニズムに関わる人間たちの実像を鮮やかに書き上げたもの。
アルコー生命延長財団では、既に人の頭が冷凍保存されている。自らの体をサイボーグ化する者や、全脳エミュレーションを本気で研究している者もいる。若き天才起業家(デミング)や不死を唱える大統領候補者(イシュトヴァン)の物語も語られる。
こうしたトランスヒューマニズムは、誰もが持つ死への恐れに立脚し、ある意味で宗教的である―が、決しておとぎ話の中の話ではないことは、イーロン・マスクやビル・ゲイツ、ホーキングが超人工知能に対して警鐘を鳴らしていることからも明らかである。自分たちの世代は、少なくとも自然な寿命で2070年くらいまでは生きるだろう。後50年、今の人工知能の発展と、生命延長技術の進化を見ると、”老化は病気”になる未来が来てもおかしくはないのではないか。そんな現実的な恐怖を感じさせられた書。

一言コメント

不死を本気で目指している人たちの物語を見ると、トランスヒューマニズムは決してSFの世界の出来事ではないと感じられます。我々世代が必ず直面せざるを得ない”リアル”がそこにあります。
2022/3/5

『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』

基本情報

書名著者読了日評価分野
宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃加藤 文元January 22, 2021⭐️⭐️Mathmatics

読書メモ

望月新一教授の宇宙際タイヒミュラー理論について語った本。本書の読了後すぐ、論文の査読が通り、ABC予想解決が認められたというニュースがあった。あまりにも単純に見えるABC予想は、足し算と掛け算が複雑に絡み合っているがゆえに証明が非常に難しい。それを解決したのが宇宙際タイヒミュラー理論。足し算と掛け算をバラバラにし、”対称性”を通じて情報を伝達する。対称性の議論は群論にもつながり、アーベル群を利用する。(”対称性”といえば、素粒子論でも最も重要な概念だ)
本書は初心者向けに書かれているため理論のほんの一端にしか触れていないが、革新的な理論により数学界が前進していくことに対しての筆者の興奮を感じさせられた。

一言コメント

足し算と掛け算、この二つの絡み合いは想像を遥かに超えて奥深いということがよく分かります。世界にも理解できている人は数えるほどしかいないという超難解理論ゆえ、中身についてはほぼ分かっていませんが、この新たな理論から何が生まれていくのか興味がわきます。
2022/3/5

『知ってるつもり――無知の科学』

基本情報

書名著者読了日評価分野
知ってるつもり――無知の科学スティーブン スローマン、フィリップ ファーンバックJanuary 20, 2021⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Psychology

読書メモ

人類は自分が思っているより遥かに無知である―。本書のメッセージは極めて明快だ。ファスナーの例(ファスナーの構造について理解していると回答した人も、その実ほぼ理解していない)や政策の例(政策について説明させると、無知を自覚し、意見が穏健化する(宗教的なマターを除く))を通して、人間の錯覚・愚かさを見事に描き上げている。
なぜ人類はこんな知覚への過信をしているのか。それは、個人で考えず、コミュニティに知覚を依存しているから。このおかげで個人では決して実現できないレベルの認知的活動を実現できるようになった一方で、他者(AIを含む)に知覚を依存したゆえのリスクも顕在化しているのだ。
では、こうした”過信”に基づく愚かな意思決定からどうやって社会を守るのか。世の中の多くの人間は「説明嫌い」である。正しい意思決定のために必要なのは、十分な情報を与えることではなく、それぞれの人に専門家の言葉を聞く分別を身に着けてもらうこと。それが教育の役割で、一番必要なことなのだと筆者は説く。筆者の主張には大いに共感する。自分自身、知的に謙虚でありたいと改めて感じさせられた。
筆者は本文の最後、こう締めくくっている。「たまには錯覚も悪くない」。知的な過信がムーンショット的な目標を生むことも事実。深い思索から出てくる言葉は心に残った。

一言コメント

本書の内容を「無知の知」と一言でまとめてしまうと安易に過ぎますが、知的に傲慢になっていないか、常に自戒していたいと思います。
2022/3/5

『利己的な遺伝子』

基本情報

書名著者読了日評価分野
利己的な遺伝子リチャード・ドーキンスJanuary 19, 2021⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Science

読書メモ

生物進化のすべては単純なルールで説明できる―利己的な遺伝子による競争である―と。20世紀最大ともいわれる科学書は、その説得力も圧倒的だった。家族計画や雌雄、親子間の争いについて、相手を搾取しようとする遺伝子間の競争による説明が展開される。ゲーム理論を用い、ESS(進化的に安定な戦略)を求めるジョン=メイナード=スミスの議論が展開されるが、きれいな数学的な定式化がされており、説得力を高めている。
後半ではミーム論(文化を自己増殖する遺伝子のアナロジーで捉える)が展開されるが、徹底して主観を排した筆致は見事というほかはない。「神」というミームは、その残虐性と「死後の恐れの利用」によって、ミームとして拡散しているのだ、と。この議論は、同一著者の『神よ、さらば』の内容にもつながっている。
最後に筆者は、「Tip for Tat」(寛大かつ寛容)戦略の進化的安定性を語り、人類が利己的な遺伝子による支配を脱し、「胴元をだます、ノンゼロサムの」協力体制を敷くことができるのではないかというポジティブなメッセージをもって本書を閉じている。
まさに科学書というにふさわしい客観性・明確さと、人類に対する希望を共存させた本。

一言コメント

非常に有名な科学書を再読しました。本書だけを読むと、利己的な遺伝子による競争というアイデアはかなり説得力を持っているように感じられます。近年では別の研究で、本書後半で否定されている群淘汰理論などが見直されており、本書をそのまま最新の科学理論として受け取るのは問題が多そうです。とはいえ、今でも否定的に参照されるというのは、逆説的に、本書が名著であることを裏付けていると思われます。
2022/3/5

『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』

基本情報

書名著者読了日評価分野
パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学内藤陽介January 16, 2021⭐️⭐️⭐️⭐️History

読書メモ

郵便学(切手などの図像を研究)によって、パレスチナ及びその周辺の現代史を描き上げたもの。根源はイギリスの三枚舌外交。第1次~3次中東戦争を通じて、アラブの大義・アラブ民族主義(イスラエルを認めない)は破綻したが、それぞれの国の政権維持、対立を理由として、岩のドームがプロパガンダとして利用されてきた過程がよく見えてきた。イスラエル、アラブ双方で、現実路線を唱えると右派に妨害され、一向に両国共存が進まない過程がもどかしい。
切手がいかに権力と結びついているか、その資料的価値を感じた。

一言コメント

切手から歴史を読み解く、そんな学問があるんだ…!という驚きとともに読んだ記憶があります。
2022/3/5

『格差は心を壊す 比較という呪縛』

基本情報

書名著者読了日評価分野
格差は心を壊す 比較という呪縛ケイト ピケット, リチャード ウィルキンソンJanuary 16, 2021⭐️⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

格差は悪だということを明確なエビデンスをもって語った書。不平等だとメンタルヘルス・健康が悪化し、コミュニティが崩壊する。不平等は防衛的な自尊心(自己過信)を強化し、他人への共感心を失わしめる。中毒が増え、顕示的な消費が増える。他人と比べて劣っていると思うと、自己効力感が低下する(貧困と恥は不可分だという主張はアマルティア・センの考え方に合致する。)
不平等を正当化する根拠として遺伝子が持ち出されることがあるが、能力は社会環境の影響を大きく受ける。筆者は、不平等を個人の責任に帰すのは「根本的な帰属の誤り」を犯しているのではないか、と主張する。経済を民主化し、社会を平等に、それにより幸福が実現するのだと。『自己責任はない、悪いのは構造だ』と感じさせられる。

一言コメント

読書録1冊目だけあって、メモは短めでした。格差によって生じる病理を様々な実証研究で明らかにした本書の内容は今も記憶に残っています。考え方も今も変わっていません。
2022/3/5

『量子力学の奥深くに隠されているもの』

基本情報

書名著者読了日評価分野
量子力学の奥深くに隠されているものショーン・キャロルJanuary 17, 2021⭐️⭐️⭐️⭐️Science

読書メモ

量子力学の観測事実は、あらゆる物質は波動として存在し、観測することで粒子としての性質が現れることを示す。これを”波動関数の収束”で説明したのが伝統的なコペンハーゲン解釈。これに対し筆者は、毎秒環境と量子もつれが発生し、世界が分裂するという多世界解釈(エヴェレット解釈)を唱える。(宇宙のシュレディンガー方程式があって、異なる世界に時間的発展をする。我々が計測するシュレディンガー方程式は局地的なものに過ぎない)。対してはオッカムのカミソリやポパーの反証可能性の視点からの反論が考えられるが、筆者は仮想的な対話の形を借りて、そうした反論に再反論していく。多世界の仮説と同じくらい、観測による波動関数の収束の仮定は”不必要な仮定”であり、反証できないではないか、と。
量子力学は極めて実用的な理論となっているが、その裏にはある意味棚上げされた解釈問題が横たわっている。多世界解釈は一見奇想天外に見えるが、突き詰めれば、多世界解釈が一番”自然な”解釈だという主張も可能だということが何よりも面白い。

一言コメント

全くの門外漢ではありますが、量子力学の奥深さには惹かれます。世界が無数に分岐する理論がSFの世界ではなくなる日も近いかもしれません。
2022/3/5