31音にあらゆる美が詰まった百人一首。本書はその英訳版である。百人一首は掛詞や縁語が多用されていて、日本語以外でその素晴らしい世界を正確に伝えることは不可能だ。それでも筆者は、少しでもニュアンスが伝わるよう趣向を凝らした英訳を行う。例えば柿本野人麻呂の「あしびきの」の歌は、「長々し」さが伝わるよう単語ごとに改行する工夫をしている。藤原公任の「滝の音は」の歌は、「た音」と「な音」の繰り返しが伝わるよう、韻を踏んでいる。「but its fame flows on and on—- and echoes still today.」なんとなく元の歌の感じがしてくる。掛詞は基本的に訳出に苦労している(「澪標、身を尽くし」、「宇治、(世を)憂ぢ」など)が、一つだけ奇跡的に意味があったのが在原行平の「立ち分かれ」の歌。待つとし聞かば、の待つに「待つ、松」が重なっているが、偶然にも英語の「pine」が同じ二つの意味を持っている。 全体的に、やはり日本語で読むほどの感動はどうしてもなく、ただの情景描写に思えてしまう。そして、それは外国語で書かれた詩や歌を和訳したものにも同じことが言えるのだろうなと思う。真にその美しさを理解するには、その言葉への深い理解が欠かせない。自分が恐らく一生知ることができない美しい世界がきっとあることに対して、一抹のさみしさを感じつつ、百人一首の美しさを理解できる文化圏に育った幸福をかみしめたい。本書における翻訳の努力は素晴らしく、百人一首の新しい一面を知ることができるのもまた事実である。