『愛と差別と友情とLGBTQ+』

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書名著者読了日評価分野
愛と差別と友情とLGBTQ+北丸雄二2022年1月10日⭐️⭐️⭐️⭐️Sociology

読書メモ

LGBTQフレンドリー、レインボーフラッグ。同性愛者差別的な言動をした著名人が叩かれる。そんなのリベラルな若者にとっては当たり前。そういう時代だから。本当に?いつからそんな時代になったんだろう?私たちは今の時代の価値観を当たり前のように受け入れているが、その歴史については驚くほど知らないし、わずか10年前の価値観さえ想像することもできない。本書はLGBTQ+をめぐる社会の動き、「闘い」を見事に描き上げたものだ。日本で俄にLGBTQ+への関心が高まったのはここ数年の出来事に過ぎない。しかしアメリカでは遥かに前から国中を巻き込む大きな議論があった。時は1985年。俳優ロック・ハドソンがエイズで亡くなった。彼はいわゆる男性らしさの象徴とも言えるような人間で、ゲイとは程遠いーそう思われていた。しかし実はゲイだったのだ。このことはアメリカ中にゲイの存在を知らしめ、ゲイはどこか遠い自分たちとは違う人々だという認識を大きく揺るがした。これを機に、アメリカのリベラル社会が差別に対する闘いをはめ、同性愛コミュニティは徐々に可視化・受容されていく。しかし、その過程は決して平坦なものではなかった。マイノリティが可視化されたことで、自らの白人男性異性愛者というアイデンティティを意識さえしていなかった人々が、その既得権に気付き、政治的な正しさに対する反動を生んだ。その帰結がトランプである。一方で希望はある。Z世代の若者たちにとってLGBTQ+の存在はもはや当たり前である。かつては建前では反差別を謳いながら、本音では差別的感情を抱いていた人々も多かったに違いない。一方、若者たちにとってもはや過去の建前は本音そのものである。この本を通して、LGBTQ+の人々、そしてその文化、歴史に対する理解が深まった。多様性を尊重し、誰もが当たり前に生きられる世界、少しずつそこに向かって進んでいることには希望を抱かされる。一方で、まだ闘いは終わっていない。「もうそんな時代じゃない」、そう断言できるほどではない中、まだまだできることは多い。

一言コメント

LGBTQ+などと呼ばれる方々を巡る価値観は日本でもここ10年ほどで驚くほど変わってきているように思います。自身はその価値観を比較的すんなりと受け容れることができている方だと思ってはいるのですが、本書を読むとまだまだ社会に課題はあるということは感じます。
「理解がある」つもりでいましたが、まだまだ全然「知って」はいなかった。そんなことを分からせてくれたので、読んでよかったと思います。
2022/10/2

『般若心経』

基本情報

書名著者読了日評価分野
般若心経玄侑宗久2022年1月15日⭐️⭐️⭐️⭐️Religion & Myth

読書メモ

この世界には理知を超えた知があるーその一つが本書が扱う般若心経だ。ブッダによって見出されたこの知は、体験的な知である。「般若波羅蜜多」、現語では「ブラジュニャー・パーラミター」に至る実践を表したものだ。したがって、般若心経を理知的に理解しようとすることは誤りであるが、その前提を置いた上で、般若心経への解説が展開される。理知的に要約を付与しようと試みるならば、全ては「空」、自性のある確かな存在ではあり得ない、ということになろうか。そして「空」の中で永遠なる心の平穏を得る実践が「般若波羅蜜多」なのである。神秘的な呪文を唱えることで世の一切の苦悩が取り除かれ、「般若波羅蜜多」に至ることができるのだ、と。この実践的な知を十分に理解、いや、体得することは全くできていないが、理知を超えた知があるということを知ること自体、理知に毒された現代人には大いに意義があるに違いない。「いのち」は理解しようとするものではなく、感じるものなのかもしれない。

一言コメント

理知ではない実践的な知がある、というのはとても大事な学びでした。もちろんこの知を体得することは全くできてはいないのですが、とても興味深い内容です。
2022/10/2

『トクヴィル』

基本情報

書名著者読了日評価分野
トクヴィル宇野重規2022年1月15日⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

『アメリカのデモクラシー』を著し、今なおアメリカにおいて広く引用されるトクヴィル。本書は『アメリカデモクラシー』を中心にそんなトクヴィルの思想を読み解いていく。
フランスの保守的な家に生まれたトクヴィル。そんなトクヴィルは1830年からアメリカの視察旅行に出かけ、その経験を基に書かれたのが『アメリカのデモクラシー』だった。
トクヴィルが語る主題はデモクラシーと平等である。平等社会においても不平等は残っているが、トクヴィルは平等社会における不平等と不平等社会における不平等は質的に異なることを見抜き、平等社会においては平等化への絶え間ないダイナミズムが生じると主張した。その点において、トクヴィルは平等社会たるデモクラシーを擁護したのである。一方で、トクヴィルはデモクラシーの問題点をも分析している。デモクラシー社会においては権威がその基盤を失っていく。そうした中、他者から切り離された個人は、他者からの個人的な支配を嫌う一方で、非人格的な集団的な支配には隷属するようになる。この結果、「民主的な専制」が生まれる、と主張した。
トクヴィルはアメリカ社会を例に取りながらも理想的なデモクラシー社会を模索したということができる。主題はあくまでデモクラシーであったが、アメリカにおいて『アメリカのデモクラシー』は、理想のデモクラシー社会アメリカを描いたアメリカ論の古典として受容されていく。それゆえに今日の地位を築くことができたというのも一方で事実であるが、筆者はアメリカ社会に固有な性格に関わる箇所と、デモクラシー社会の本質を論じた箇所を識別して読む必要がある、と主張する。例えば地理的条件に起因する分権性と宗教精神と結びついた自由の精神は極めてアメリカ的な特徴である。そしてトクヴィルは、このアメリカ社会の特異性に安定したデモクラシー社会の運営に貢献する要素を見出したのである。その後彼は、安定的なデモクラシー社会を実現するために、結社や宗教、権利などについて議論を広げていった。
21世紀においてトクヴィルは極めて注目度の高い思想家である。それは格差の拡大と専制体制の台頭の中で、「平等なデモクラシー社会」というトクヴィル思想の主題が重要になっているからであると同時に、世界最大でありながら確たる思想的基盤を持たないとも言えるアメリカという国で、アメリカ社会の古典として党派を超えて参照されているからである。
トクヴィルは特異な受容のされ方をした思想家であるが、筆者の主張する通り、デモクラシー社会に希望を託した思想家として読むのであれば―今日的意義は大きいに違いない。

一言コメント

アメリカでこれだけ人気なのにもかかわらず、政治哲学の歴史の中で重要な位置づけを占めているかと言われるとそうではないように思えてしまい、トクヴィルという思想家には掴みどころのなさを感じていました。本書を読むと、トクヴィルがこれほどアメリカで参照されている理由がよく分かります。同時に、理論家トクヴィルから学ぶことは多いということも理解できました。デモクラシー社会が危機を迎えているといわれている今、トクヴィルについてはもっと学びたいと感じます。
2022/10/1

『多様体』

基本情報

書名著者読了日評価分野
多様体小笠英志2022年1月10日⭐️⭐️Mathmatics

読書メモ

私たちは3次元空間に生きていると直感的に思っているが、それは決して自明なことではない。本書は空間そのものを一般的に扱った「多様体」の深淵なる世界の触りを紹介しているものである。
多様体を定義することは難しいが、例えば3次元多様体であれば、「図形であって、その図形に含まれる点は、どの点も、その点の周りは開球体になっているもの」と定義できる。3次元空間は、あらゆる点の周りが開球体になっているので3次元多様体に含まれるが、3次元多様体は3次元空間だけを含むわけではない。通常の球面である2次元球面の3次元版である3次元球面も3次元多様体に含まれるのだ。当然、3次元球面を3次元空間において図示することは不可能であり、補助的な図を用いて2次元球面から類推し、「頭で見る」しかないのだが、本書は様々な方法で「見る」ための手助けをしてくれる。3次元多様体は3次元空間、3次元球面だけというわけではなく、3次元トーラスなど、さらに複雑な図形を考えることが可能である。そして、本書はそうした複雑な図形をも「見る」ために様々な説明を付与しているのであるが、私には中々「見えない」のが実態だった。
本書の後半では議論がさらに難解になり、専門外の身には正直お手上げといった内容であるが、有名なポアンカレ予想なども登場する。
本書を通じ、現代数学・現代物理学の舞台である「多様体」の深淵な世界のほんの一端を垣間見ることができた。あまりにも難解で、本書の内容を理解できるようになることはないと思われるが、「3次元空間」という勝手な常識に囚われた人間には決して見えない世界があると知れただけでも価値があるだろう。理解できない、を楽しむのもまた読書なのだから。

一言コメント

内容は興味深いのですが、入門書でありながらあまりにも難解でした。高次元空間を「見る」ことは中々容易ではありませんね。これからも多様体を舞台として様々な数学・物理学の発見がなされることは間違いないのですが、少しでもその一端が理解できたら嬉しいなと思います。
2022/10/1

『誰も農業を知らない』

基本情報

書名著者読了日評価分野
誰も農業を知らない有坪民雄2022年1月10日⭐️⭐️⭐️Business

読書メモ

日本の農業は生産性が低く、改革が必要だ―、巷ではそんな言説が溢れているが、提案される農業改革案は農家の実態を反映していないものがほとんどである、と、筆者は主張する。本書は、プロの農家である筆者が、農業の今と未来について語りつくしたものである。
現在農業は革命に直面している。その一つはIOTであり、データを活用した精密農業や、農作業の自動化が可能になってきている。もう一つは遺伝子組み換え・ゲノム編集技術であり、作物を病害から守り、生産性を大きく上げる可能性を秘めている。一方でそのようなポジティブな変化もあるが、現在の日本の農業が課題を抱えているのも事実である。
そうした中で、多くの論者が農業改革を叫んでいるが、彼らには複雑で多様な農業の実態が全く分かっていない、と筆者は主張する。例えば「農業にビジネス感覚を」というのはよく述べられる言説だが、農業を大規模化すれば生産性が上がるというのは思い込みに過ぎず、大規模農業は価格下落のリスクを負う面もある。六次産業化で売れる商品を作れるのはほんの一握りに過ぎない。農協や農水省もよくやり玉に挙げられる存在であるが、一般に思われているよりはよく運営されている。
では、農業の現実を理解した上で、日本農業の未来はどうあるべきだろうか。まず高齢化と労働力不足の中、農家に適性のある新規就農者を集めることは極めて重要である。遺伝子組み換え作物を活用することや、兼業農家を育てることも重要だ。アマゾンを範とした農協改革も有効な可能性がある。
筆者は本書を通し、農業について知られていることがいかに少ないか、農業の実態を知らない論者の主張がいかに多く世の中に溢れているかを明らかにしている。日本の農業について分かりやすい解決策があるわけではなく、農業の実態を知ることが何より重要だろう。
そんな筆者の願いは「日本の農業を守る」ことに集約されると思われる。日本の土地は豊かであり、多くの作物を育てられる。長期的に見れば世界の食糧需給逼迫が予想される中で、日本の農業を失うような愚を犯すべきではないのだ、と。日本の農業を守りたいという筆者の願いには多いに共感する。簡単な解はないが、それでも筆者のように農業を知り、農業をよくしようと発信する方が増え、日本の農業が守られていく未来を願いたい。

一言コメント

巷には農業を巡る言説が溢れていますが、筆者のような実際に農業を担っている方にこそ議論をリードしてもらいたい、というのを強く感じました。農業は本当に奥深いです。もっと学んでいきたいと思います。
2022/10/1

『声の文学』

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書名著者読了日評価分野
声の文学西成彦2022年1月9日⭐️⭐️⭐️⭐️Sociology

読書メモ

抑圧の構造とイデオロギーの再生産が繰り返され、歴史は強者によって紡がれる―それが世界の現実だった。本書において筆者は、文学を含む「抑圧された人々の語り」にスポットライトを当てることで、こうした構造の超克を試みる。
植民地支配、人種差別、性差別、あらゆる構造の陰に抑圧された人々がいた。そうした人々の多くは沈黙のまま死んでいき、残された人々も「恥」の意識の中で、声を上げることは容易ではなかった。そんな中、強者によって書かれた歴史書によって歴史は表現されてきたのだ。そうした構造に一石を投じたのが「声の文学」である。こうした作品は、フィクション・ノンフィクションの別を問わず、抑圧された人々の声にフォーカスする。
例えば、本書で繰り返し引用される津島佑子氏は「葦船、飛んだ」という小説の中で、「混血」の子を身ごもった引揚げ女性が、生まれた子どもが歓迎されない社会の中で追い込まれる様を描いた。彼女は戦時性暴力の被害者であるが、平時になり、帰国した彼女を待っていた日本人男性の純血主義、性暴力に対する無理解といった構造もまた糾弾されるべきものだ。言うまでもなく、日本もまた加害者を経験している。長らく沈黙を強いられた後、元従軍慰安婦や徴用工の人々の声によって、植民地主義、男性中心主義が生んだ苦しみが日の目を見ることとなった。
本書は様々な「声の文学」を引用しており、抑圧された人々の声は心に刺さる。声が聞こえないふりをし、強者の側に立って抑圧に加担する方が容易であるに違いないが、その道を選んではならないというのが筆者の強いメッセージだ。声に耳を傾け、抑圧された人々に寄り添って生きる、そんな生き方を多くの人が選ぶ社会になることを願う。

一言コメント

権力者によって紡がれた「歴史」の陰には、記録に残らない無数の声が間違いなくありました。そうした声に耳を傾ける社会であってほしい、今もこの読書録を書いた当時と同じことを思っています。
2022/10/1

『古典文学をどう読むのか-シェイクスピアと源氏物語と- 』

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書名著者読了日評価分野
古典文学をどう読むのか-シェイクスピアと源氏物語と- 勝山貴之, 廣田收2022年1月8日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

シェイクスピアと源氏物語ー言わずと知れた東西の大文学である。本書はシェイクスピア研究者と源氏物語研究者の対談を通して、古典文学を読み、研究するとはどういうことかを探っていく。文学研究には様々な手法がある。例えば人物分析。ハムレットなどのシェイクスピア研究においては、人物に注目した性格分析は長年主要な研究手法であった。一方で、源氏物語では、各登場人物は物語内での役割を明確に負わされていて、独立した個、一貫した個として登場人物を捉えることは難しい。同じ文学といっても、書かれた時代が大きく違うがゆえの相違点がそこにはある。他にも、近年の文学研究の潮流としてニュークリティシズムが挙げられる。これは「作者の死」を前提とし、純粋にテキストのみを研究するべしという態度である。これに対して、国文学は民俗学とも切り離せず、テキストのみで考えるべきではないという批判がなされる。異なる時代、異なる文化によって生み出された作品を研究する2人の対談の中で、文学研究の手法と、作品の書かれた文脈に応じた読み方の個性が浮き彫りになる。同じ文学研究であってもこれほどに違うのかと驚かされる。本書の対談はこれから文学研究をする人に対するエールで終わる。文学研究は一般に役に立たないと思われがちであるが、テキスト一つとっても様々な読み方、研究の仕方があって、人間の深さを知る上で期待される役割は大きい。文学研究の発展を願いたい。

一言コメント

文学研究の奥深さが分かります。人文学が大切にされるような教養と余裕のある社会に生きたいと願います。
2022/10/1

『ノーベル文学賞のすべて』

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書名著者読了日評価分野
ノーベル文学賞のすべて都甲幸治2022年1月8日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

筆者がノーベル文学賞について語り尽くす。50年経って明かされた日本人候補者をめぐる選考秘話や、過去の受賞作家の解説はとても興味深い。受賞者にはビッグネームも並び、欧米中心主義や選考プロセスが批判されがちとはいえ、その賞の価値の高さを感じさせられる。後半では今後受賞が期待される作家について解説がなされる。ノーベル文学賞作家の本を読むことは、きっと人生を少し豊かにしてくれる。

一言コメント

ノーベル文学賞作家の本はこの一年で何冊も読みました。やはり世界的に認められた上質な文学は素晴らしい、と思います。
2022/10/1

『人新世の「資本論」』

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書名著者読了日評価分野
人新世の「資本論」斎藤幸平2021年5月30日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Economics

読書メモ

人類は危機を迎えている。資源を無制限に使い、環境を破壊し続けている。人による環境変動を特徴とする、”人新世”の時代に突入したのだ。こうした環境破壊をもたらした要因は何か。それは資本の再投下による無限の成長を特徴とする資本主義それ自体にある、と筆者は説く。
環境破壊が問題であることは広く認識されているが、今までの取り組みは、資本主義の枠内での解決策だった。SDGsの中核を成す”持続可能な開発”も、バイデン政権が重視するグリーンニューディールもそう。根本に資本主義がある限り、成長を求め続ける限り、どれだけ脱炭素の取り組みが進んでも、新たな市場、新たな需要が生まれ、改善分は打ち消されてしまうのだ。
技術が全てを解決するというテクノユートピア思想も広く流布している。技術が重要なのは言うまでもないが、技術のほとんどは環境負荷を外部化し、形だけの”グリーン”を演出しているにすぎない。
結局一番の問題は、先進国の人間の帝国主義的生活様式にある。筆者は、目指す先は脱成長コミュニズムだ、と説く。筆者はマルクス専門家として、後期のマルクス思想を読み取り、過去の定説になかった脱成長コミュニズムの考え方をそこに見出した。成長をスローダウンさせ、社会の分配を公正にし、必要以上の消費を抑える。資本主義社会で傷ついた”コモン”を復活させる。それ以外に危機を脱する方法はないのだ、と。
最後に筆者は、どうやってこうした世界を実現するか述べて終わる。政治的エリートを頼みにするのではなく、市民が連帯して声を上げることから全ては始まる、と。人類が目指すべき場所について、過去の偉大な思想家の考えを引きながら説得力をもって語った本書は、新時代の古典というべきものなのかもしれない。

一言コメント

資本主義システムが限界を迎えていて、大きな変革が必要と言う主張には強く共感します。専門外の身なので、本当に脱成長コミュニズムの理想をマルクスから読み取ることができるのかは分かりませんが、マルクスが現代においても参照するべき偉大な思想家であることは間違いないと思います。理想をどう実現するか、本気で考えるべき課題です。
2022/5/1

『かもめ・ワーニャ伯父さん』

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書名著者読了日評価分野
かもめ・ワーニャ伯父さんチェーホフ2021年12月25日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

タイトルからは可愛らしいイメージを感じさせられるこの二つの物語は悲劇である。かもめは、若い女優志望の娘ニーナと芸術の革新を夢見るトレープレフの物語。ニーナは文士トリゴーリンに愚かな恋をし、その身の破滅を招く。トレープレフは愛したニーナが去り、新たな芸術という理想が夢砕かれ、最終的に絶望の中自殺する。純粋なものが破滅していくのは、この世の厳しい現実であり、それゆえこの物語が誰の胸にも響くのだ。理想を捨てずに命を絶ったトレープレフは、理想を捨てて生きることを選んだ凡百の人々が選ばなかった人生を眼前に眼前に突き付けてくる。ワーニャ伯父さんは、人生も後半に差し掛かり、妹を亡くし、妹の嫁いだ家で孤独に生きるワーニャ伯父さんの物語。50歳手前で、新しい人生を歩むには遅いが、老い先短いといわけではない。妻子もおらず、親しい家族も居場所もない。それでも生きていかないといけない、そんな苦しさがそこにはある。チェーホフの二つの物語は、私たちの身にもともすれば起こっていたかもしれないリアルを描いている。自分以外も苦しさを感じていることを知り、それに慰められながら、それでも生きていくしかないのが人生だ。そう書いてしまうといささか悲観的すぎるだろうか。

一言コメント

端的にタイトル詐欺です。こんなに悲劇の物語とは…。読むと苦しくなるけれど、人生のリアルを書いているようでもあって、悲劇的な物語が読まれ続けている理由もわかるような気がします。
2022/5/4