『かもめのジョナサン』

基本情報

書名著者読了日評価分野
かもめのジョナサンリチャード・バック2021年12月25日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

かもめのジョナサン、それは、ただ生きるために飛ぶカモメたちの中で、1人飛ぶことの美しさ・素晴らしさを求めた孤独なカモメの物語。ジョナサンは飛ぶことの魅力に目覚め、飛ぶ練習を重ねる。練習の末高度な飛行術を身に付けるが、飛ぶことを生きるための手段としか考えていない仲間のカモメたちによって追放される。ジョナサンは精神世界の重要さを知り、群れに戻って、飛ぶことを求める数少ない仲間のカモメに教えを授ける。しかし、ジョナサンが去った後、その教えは徐々に形骸化していくー。新たに加えられた最後の章では、再びジョナサンの飛ぶことへの思いを理解するカモメが現れて物語が終わる。この短い物語を、我々はどう読むべきだろう?孤高なジョナサンを理解できないカモメたちに、高邁な理想を理解できない大衆を重ねて見るべきなのだろうか。ジョナサンから自由への希望を読み取るべきなのだろうか。それとも、純粋に可愛らしい物語として楽しむべきか。分かりやすい物語で、伝えたいことも明確に思われるのに、どこかで掴みどころの無さを感じさせられる。わかるようでわからない、その掴み所の無さに、本書が時を超えて広く読まれている理由があるのかもしれない。

一言コメント

読みやすい物語ですが、筆者が何を伝えたいのかという観点で見ると、掴みどころが難しいように思います。中々こうした本について自分がどんな感情を抱いたのか表現するのは難しいですね。
2022/5/4

『ダブリナーズ』

基本情報

書名著者読了日評価分野
ダブリナーズジョイス2021年12月11日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

ダブリン市民の何気ない日常を描いた短編集。恋人と遠くの国へ行こうとする若い女性や、豪快な友人の人生に憧れる中年の男など、ダブリンに暮らす全く違う人々の人生が描かれる。そうした何気ない日常が続いた後、最終章の「死せるものたち」では、恋人の告解を聞いたゲイブリエルという男が、生けるものと死せるものが連綿と紡いできた世界に思いをはせる。彼の精神は、雪が「生けるものたちと死せるものたちにもあまねく」降り落ちていくのを聞きながら、空間的にも時間的にも超越し、感覚を失っていく。ここで前半で描かれた何気ないダブリン市民の日常が「生けるものたちと死せるものたち」となって明瞭に浮き上がってくる。最後のたった数行で、一気にスケールが広がっていく描写、それを際立たせる構成は見事と感じさせられる。
一方で、時代も文化も共有していない人間には、本書を通じて描かれている20世紀初頭のダブリンの魂は理解ができないのがもどかしい。前半の14編は読むのが苦行でさえある。
ジョイス作品は難解と言われるだけあって、本書の魅力を十分に理解できたとは全く思わない。が、前半の日常から、最後全てを超越していく描写からは、どこか本作が傑作と言われる理由の断片を感じることができた気がする。

一言コメント

ジョイスは20世紀最高峰の小説家とたたえられますが、難解すぎて娯楽として楽しむのは難しいかもしれません。この作品もどの程度読めているのか正直微妙です。ジョイス作品を理解できるようになりたいですね。
2022/5/4

『白い城』

基本情報

書名著者読了日評価分野
白い城オルハン・パムク2021年12月4日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

トルコのノーベル文学賞作家オルハン・パムクが描く歴史小説。主人公は17世紀ヴェネツィア人で、オスマン帝国に囚われイスタンブールで奴隷とされる。彼は自らに瓜二つなトルコ人学者に買い取られる。彼ら二人は相互に学び、尊敬・軽蔑と相容れない複雑な感情を相互に抱きながら関係を続けていく。やがて2人は「なぜ自分は自分なのか」という「西」の問いに行きつき、それぞれの自らの人生を紹介する。その後二人の間の自我の境目は奇妙にも溶けてなくなっていき、武器製造計画が失敗した後互いの人生を入れ替える。
「東」と「西」の価値観・人生の溶融というテーマは、トルコという文明の交叉路を舞台にしているからこそ書ける内容だ。自我の境目が溶けていく過程の描写は見事だった。
十分に本書を理解しきれてはいないかもしれないが、世界文学である理由はよく分かる。

一言コメント

ノーベル文学賞の代表作。トルコという東と西が交叉する舞台に惹かれます。魅力的な世界文学です。
2022/5/4

『断片的なものの社会学』

基本情報

書名著者読了日評価分野
断片的なものの社会学岸政彦2021年12月4日⭐️⭐️⭐️Sociology

読書メモ

この社会には、誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない「断片的なもの」がたくさんある。人の人生のほとんどは、そうした「断片的なもの」からできていると言ってもよい。本書は様々な人々の語りを聞いてきた社会学者である筆者が、そんな「断片的なもの」を復元しようと試みたものである。
それぞれの語りは、何でもない、人が知らない、ただしどこかに存在した人生そのものである。筆者はそうした語りを受けて人生とは何か考えていく。
きっと誰しも、「普通の幸せ」に縛られて、「何者にもなれない自分の人生」と直面して、どこかで生きづらさ・苦しさを感じながら生きている。筆者の語りからは、誰もがただ生きていられる、そんな社会への願いが感じられる。
「断片的なもの」は定量的に分析することができず、学問の対象にはなりづらいかもしれない。人の人生に欠かせないものだ。人という弱い存在が、せめて少しでも生きやすくなるために、この社会は何ができるだろう。
何か分かりやすい主張があるわけではなく、内容は決して「客観的」なものではない。それでも人の人生に大事な何かを教えてくれる重要な洞察が、本書には詰まっている。

一言コメント

社会で誰にも知られていない語りに光を当てた本。知らないだけで、この社会には色々な人生、色々な想いがあるんだなあと思います。そのほとんどは知ることさえないけれど、色々な人生があるということを知って生きていくことには意味があると思います。
2022/5/4

『常設展示室』

基本情報

書名著者読了日評価分野
常設展示室原田マハ2021年11月23日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

どこか切なさを感じさせられる短編集。それぞれの登場人物の人生のワンシーンを彩るのは、実在する絵画たちである。
美術が見ず知らずの人の人生の背景に存在している。ただそれだけで、どこか素敵だなと思う。美術×小説には不思議な魅力があった。

一言コメント

美術×小説は面白いですね。原田マハさんの小説にハマりました。
2022/5/1

『洋書天国へようこそ』

基本情報

書名著者読了日評価分野
洋書天国へようこそ宮脇孝雄2021年11月23日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

洋書を読み尽くした筆者が、原文も交えながら、様々な洋書の魅力を語る。何か型にハマった読み方があるわけではなく、本によっては文体に注目したり、大人の視点から深く読んでみたりと、加えられる考察は様々である。文学作品の解説書というより、とにかく筆者が書きたいように感想を述べる、そんな本になっている。したがって、本書に何らかの要約を行うことは適切ではないだろう。洋書を読み始めて一年、数十冊読んだ身ではあるが、まだ筆者ほど深く洋書の沼にはまり、その魅力を堪能するまでは全く至っていない。このように自由に、かつ楽しそうに感想を語れるほど深い沼、覗いてみたいと誰もが思うのではないだろうか。

一言コメント

筆者が自由に洋書について語った本です。このレベルで文学を楽しめるようになりたい、と思います。
2022/5/4

『二重に差別される女たち』

基本情報

書名著者読了日評価分野
二重に差別される女たちミッキ・ケンダル2021年11月23日⭐️⭐️⭐️⭐️Sociology

読書メモ

この文章は「わたし」の怒りそのものだ―。
本書の著者はアメリカに暮らす黒人女性。近年フェミニズム運動が盛んになっているが、その「連帯」はあくまで白人女性にとどまっていて、黒人女性が排除されていることを筆者は糾弾する。黒人であり、女性であることは、人種差別とジェンダー差別の2重の差別を受けることを意味していて、メインストリームで声を上げることさえ許されていない。
筆者はそんな「2重の差別」を自らの生々しい経験に基づいて語っていく。筆者は貧しい「フッド」に生まれたが、偶然にも十分な社会的地位を手に入れることができた。しかし、一歩間違えれば全く人生の方向性が異なっていたであろう出来事に何度も遭遇している。それは、周囲の環境や社会的な抑圧により、黒人女性として生きることは非常に厳しいためだ。
本書に一貫しているのは「わたし」の怒りである。「何かを主張する上では、主観的な意見は極力排除するべし」というのが、近代社会の暗黙のルールだった。しかし、本書は驚くほど「わたし」という言葉が多用されている。それによって、本書は人の心を打つ強い力を持っている。
「客観的であるべし」ということ自体、実は強者の抑圧の手段に過ぎないのかもしれない。そして、社会を変えるのはきっと、客観的ぶって何も言わない傍観者ではなく、「怒れるわたし」なのだ。非常に心に残る本だった。

一言コメント

社会問題を糾弾した本は数多くあれど、これほど1人称が多用された本を他に知りません。アメリカで黒人女性として生きる彼女のエピソードには、殴られたような衝撃を受けます。是非広く読まれてほしい本です。
2022/5/4

『教養としてのアメリカ短篇小説』

基本情報

書名著者読了日評価分野
教養としてのアメリカ短篇小説都甲幸治2021年11月14日⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

アメリカ文学からアメリカ社会を読み解く。
まず無視できないのは人種問題である。ポーの『黒猫』には黒人は出てこないが、黒い猫を殺す描写からは黒人に対する深刻な暴力が連想される。「劣った」「暗い」黒人に対置する形で「優れた」「明るい」白人のアイデンティティを築いている。そして、それを維持するために戦争・暴力が繰り返されている―。それがアメリカ社会の特徴の一つであり、文学はそうした「アメリカらしさ」から独立してはいられないのだ、と筆者は説く。
マーク・トウェインの『失敗に終わった行軍の個人史』も、戦争賛美・英雄譚に対する批判と読むこともできる。アンダーソンの『手』では、同性愛を疑われた青年が排除されるが、これは「男らしさ」を強調するアメリカ社会を浮き彫りにしている。フィッツジェラルド作品からは過剰なセルフコントロール信仰がはびこる資本主義社会アメリカが見えてくる。フォークナーの作品では、矛盾を抱える南部が描き出される。オブライエンの『レイニー河で』は、愛国心や誇りの感情と、戦争への忌避感に揺れる若者を描き、ヴェトナム戦争がアメリカ社会に残したトラウマを見事に表現した。
アメリカは一方で強力な社会であるが、その裏には人種差別や行き過ぎた資本主義、南北の分断といった様々な問題・矛盾を抱えている。文学はそうしたものから独立してはいられず、時にアメリカ社会を痛烈に批判してきた。アメリカ社会を知ったうえでアメリカ文学を読むと、よりその価値を理解できるに違いない。

一言コメント

アメリカ文学を読むと、アメリカ社会の矛盾がよく見えてきます。文学はそれ自体娯楽として魅力的ではあるけれども、作家が提起している社会の矛盾に対する提起を分かって読むことで何倍も味わえるように思います。真に文学を楽しむのは大変です。まだまだ教養が足りませんね。
2022/5/4

『実在とは何か』

基本情報

書名著者読了日評価分野
実在とは何かアダム・ベッカー2021年10月9日⭐️⭐️⭐️Science

読書メモ

量子力学は20世紀物理学最大の成果と言っても過言ではないだろう。その理論予測は正確で、極めて実用的な学問でもある。しかし、量子力学の根底には全く未解決の謎が広がっている。それが、解釈問題だ。
本書は量子力学の解釈問題を巡る、偉大で魅力的な物理学者たちの物語である。
20世紀初頭に発展した量子力学理論だが、奇妙な実験結果と直面した。あらゆる物質が、波と粒子の二つの特徴を持ち、我々の観測が振る舞いに影響を与えているようなのだ。そうした中でも、高い予測精度を誇る量子力学理論は一体何を表しているのか。コペンハーゲン解釈はこう答える。量子力学理論はただの観測ツールで、世界の実在について何かを教えるものではない。量子論的な世界など存在しない、と。
ある意味真理から逃げているように見えるコペンハーゲン解釈だが、その後の物理学において圧倒的な正統となった。これは量子力学創世記のスター、ボーアによって擁護されたことが大きい。アインシュタイン、シュレディンガー、ボームと言った高名な物理学者が異を唱えても状況は変わらず、コペンハーゲン解釈の下では存在しない「量子力学の解釈問題」を研究する科学者は異端として排斥された。エヴェレットの多世界解釈も無視された理論の一つである。
潮流が変わり始めたのはベルの定理を唱えたベルの登場以降である。彼はベルの不等式を考案し、自然の局所性と量子力学理論で示された量子もつれの間の奇妙な関係の正否について実験で示すことができると主張した。後年の実験でベルの不等式は破れていることが示され、非局所性からの量子力学理論に対する批判―アインシュタインのEPR論文―は正しくないことが明らかになったが、ベルの理論と続く実験は既存のコペンハーゲン解釈を大きく揺るがした。その後宇宙論の時代の開始と共に、量子力学の解釈問題は再び日の目を見るようになり、エヴェレット解釈を含め、様々な解釈が提案されるようになっている。
本書は多くの人物が登場する壮大な科学物語である。客観的な科学の世界においてさえ、「圧倒的な正統理論」が生まれ、批判者を抑圧することが厳然と存在したということは、科学者であっても純粋に偏見から自由ではないということを示しているだろう。量子力学は、そんな構造さえも生み出してしまうほど、人類にとって圧倒的な未知であったのかもしれない。今後の議論・探究が気になって仕方ない。

一言コメント

量子力学の解釈問題を巡る科学史を書いた本です。今また様々な理論が生まれ、盛り上がりを見せている解釈問題ですが、今世紀中に進展がみられるでしょうか。原理的に実証しようがないとされている理論も多いですが、ベル実験のような天才的なアイデアがまだ眠っているかもしれません。
2022/5/4

『生物と無生物のあいだ』

基本情報

書名著者読了日評価分野
生物と無生物のあいだ福岡伸一2021年10月3日⭐️⭐️⭐️⭐️Science

読書メモ

熱力学の第2法則―エントロピー増大則―に支配された、常に無秩序に向けて拡散し続ける世界。そんな世界に存在する秩序ある不思議な存在が生物である。
本書は、筆者の研究エピソードを交えながら、そんな生物の本質に迫る。筆者の唱えるコンセプトは分かりやすい。「動的平衡」だ。
生物を構成する物質は日々変化し続けており、動的である。しかし、物質レベルでは動的であっても、総体としては確かな秩序が保たれている。一見矛盾するような「動的」と「平衡」が両立している。これは、分子と比べると生物が遥かに大きく、極小な分子レベルでの絶え間ない拡散、エントロピー増大が、総体レベルの秩序には影響しないことによる。
また、筆者は後半で、ノックアウトマウスの事例も説明する。特定の遺伝子をノックアウトすることで、ある機能を失わせようとしたが、周囲の相補性によって、全く正常に機能しているように見えたのである。
本書を通じてわかることは、全く生物とは不思議な存在だということだ。生物は決して個々の分子レベルに還元できるものではない。エントロピー増大則にしたがって分子レベルでは日々入れ替わっているし、特定分子を失っても総体としては変わらず機能し続ける。「分子の集合を越えた、総体的な秩序を持つ何か」、そんな曖昧なものが生物の本質なのだろう。そこに生物の神秘性を感じてしまうのは、自分の中にも物質的還元論に抵抗したいという思いがあるからなのかもしれない。

一言コメント

生物とは全く不思議な存在です。マクロがミクロの集合を超えた総体である―というのは、生物だけではなく人間社会にも当てはまる事象ではないでしょうか。生物とは部分に還元できない複雑系のシステムで、だからこそ難しく、愛おしいように思います。
2022/5/4