『百人一首解剖図鑑』

基本情報

書名著者読了日評価分野
百人一首解剖図鑑谷知子2021年4月25日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

百人一首について解説した本。
100首を時系列で追っていくと、歌の変化を感じさせられる。粗削りで率直な心を表現した万葉時代。和歌の評価がまだ低かった平安初期を経て、和歌は摂関時代に全盛期を迎える。この時代は女官として仕えた女性たちによって、素晴らしい恋の歌が数多く詠まれた時期でもあった。その後、時代は武家の世、不安定な世に向かっていく。女官による恋の歌の数は減り、憂き世や詠み手の内面を歌った歌が増えていく。同時に、実体験ではなく、テーマに沿って詠まれた技巧的な歌が中心になる。最後は、敗北した後鳥羽院と順徳院の歌をもって無常観の漂う幕切れとなる。百人一首には、まさに和歌の歴史が表されているのかもしれない。
100首を読み終わった後、摂関政治の時代が、まさに「しのぶにもなほあまりある昔」に感じられるのは、気づかぬうちに定家の心に共感させられてしまっているのだろうか。

一言コメント

百人一首の本は数多く読んでいるので、この本もその中の一冊という以上の印象はありませんが、何冊読んでも飽きないというのが百人一首の魅力なのかもしれません。何冊解説書を読んでも、百首とその意味、作者、エピソードまで全部覚えるのは到底不可能なのですが、つい覚えたくなってしまうのは百人一首の沼にどっぶりハマってしまっているのかもしれません。
2022/4/30

『百年の孤独』

基本情報

書名著者読了日評価分野
百年の孤独ガルシア・マルケス2021年4月24日⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

100年の孤独―7代にもわたるブエンディア家とマコンドの歴史を描いたこの作品はあまりにも壮大で神話的だ。男の子孫は、アルカディオとアウレリャノの二つの名前が繰り返され、破滅を招くような似たような特徴を持っている。女たちは家を守る存在として描かれるが、崩壊に抗うことはできない。数々の戦争と搾取、災害の果てに、一族の運命は「豚のしっぽ―破滅の象徴―」に向けて収束していく。すべては最初から決まっていて、時間は流れているようで流れていない。結末が分かっているのに、長い物語にただ引き込まれる。
これほど壮大な世界が一人の人間から生み出されたことに驚嘆させられる。過去最高の文学作品と称される理由はよくわかった。

一言コメント

神話のように壮大で、とにかく長い、不思議な作品です。7代にも渡る物語は特定の主人公は不在で、明確なストーリー展開があるわけでもありません。それでも、結末に向かって引き込まれてしまうあたり、文学作品の持つ力を感じます。面白いかと聞かれると何とも言えませんが、文学を味わいたいのであればやはり読むべき一冊であると思いました。
2022/4/30

『よみたい万葉集』

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書名著者読了日評価分野
よみたい万葉集まつしたゆうり, 松岡文, 森花絵2021年4月18日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ

万葉集の珠玉の歌たちを分かりやすく解説した本。万葉集には恋の歌や季節や動物(特に鳥)の歌、挽歌など様々な歌が収録されており、どれも魅力的だ。一般的に言われている通り、万葉集は技巧的な歌が少なく、わずか31音しかないのに音を繰り返すこともある。その分素直な気持ちや想いが載せられていて、万葉集に惹かれる人の気持ちがよくわかる。気に入った歌は、沙弥満誓の「世の中を 何に譬えむ 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきがごとし」。船が去って跡に何も残っていない情景は容易に想像できるが、それを世の中に譬えるところに”無常観”を感じる。鎌倉右大臣の「世の中は 常にもがもな 渚こぐ 海女の小舟の 綱手かなしも」の歌を何となく思い出した。こちらは何でもない渚の光景がずっと続いてほしいという無常な世の中への抵抗。これだけ豊かな文学的作品が残っていることは嬉しく感じる。1300年前の人の気持ちが、わずか31音を通じて伝わってくることの奇跡。

一言コメント

百人一首と比べると、万葉集は全くの無知ですが、万葉集にも魅力的な歌が多くあると分かりました。百人一首以外の歌はどうしても覚えられないのですが、覚えることはできなくても、折に触れてその魅力を味わえれば幸せですね。
2022/4/30

『BANK4.0 未来の銀行』

基本情報

書名著者読了日評価分野
BANK4.0 未来の銀行ブレット キング2021年4月11日⭐️⭐️Finance

読書メモ

新たなプレーヤーが次々に金融業界に参入する中、伝統的な金融機関はどのように生き残るべきだろうか―。筆者は”第一原理”に立ち戻れ、と説く。もし今までの金融機関が全くなかったとして、今の技術環境で、店と商品に基づく金融サービスを提供するだろうか?顧客に金融サービスを通じて最大の価値をもたらしたいのなら、店と商品に基づいた重いサービスではなく、モバイルベース・リアルタイムで柔軟なサービスを提供するべきだ。既存の銀行は店と商品という足枷を背負い、伝統的で重厚長大なシステムに囚われ動けないでいる。この本を読むと、伝統的な金融機関の将来を楽観することはできないが、生き残れる道があるとしたらきっと一つだけ。徹底的に顧客本位で考え、デジタルに基づいたサービスを提供することだ。今関わっているプロジェクトはまさにそれを実現しようとしている。銀行を変える一助になれるだろうか。

一言コメント

仕事の関係で、この時期は銀行の未来に関する本を何冊か読みました。言っていることはよく理解できるものの、実際には既存のシステムという足枷を外すことの難しさを痛烈に感じさせられています。筆者が説くほどには金融業界が大変革期を迎えているわけではないというのが私の体感なのですが、それは日本の金融業界が一歩遅れているからなのでしょうか。
2022/4/30

『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム』

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書名著者読了日評価分野
西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラムダグラス・マレー2021年4月10日⭐️⭐️⭐️Philosophy

読書メモ

ヨーロッパが移民によって崩壊している―筆者はそのことに警鐘を鳴らす。ヨーロッパ文明は偉大で寛容だ。男女平等といった核心的な価値観さえも共有しない人々さえも寛容にも受け入れ、その結果ヨーロッパ的な価値観が失われつつある。ヨーロッパの病理はよく理解できる。過去ヨーロッパ文明はあまりにも強大で、その帝国主義的な普遍主義は植民地支配という災禍と最悪な戦争を招いた。それゆえ、ヨーロッパのエリートは過去ヨーロッパを形作ったもの―キリスト教、合理主義、ロマン主義(ナショナリズム)といった価値観をことごとく否定・脱構築し、人々を個人に還元するリベラリズムを推進したのだ。でも、リベラリズムが主流で、頼るべき価値観のない社会は、弱者にとってはきっと重すぎる。そうした人々が反発する中で、リベラリズムの提唱者たちは、過度に自文化を否定し、他文化への寛容を強調する。それが自分の文化の根源を脅かすとしても―。ヨーロッパの大量移民は間違いなくリベラルの最大の失策だった。誰もがリベラルを受け入れられるわけではないし、他国の人々を勝手に性善説的にとらえるべきではない。リベラルが反省するべきことは多いと改めて感じさせられた。

一言コメント

ヨーロッパに対する大量移民に警鐘を鳴らし、”価値観を共有しない人々”を寛容にも受け入れる西洋リベラルを痛烈に批判した本書は、安易な読み方をすると排外主義、文明の対立論に帰結しかねない危険な本でもあります。が、寛容という言葉に囚われ、教条的になりすぎているリベラルに対する本書の批判は、傾聴する必要が大いにあるように思われます。21世紀において、あるべきリベラルの姿とは何か、考えさせられます。
2022/4/30

『ジキルとハイド』

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書名著者読了日評価分野
ジキルとハイドスティーブンソン2021年3月6日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

高潔で立派なジキル博士、彼の中には醜悪な人格ハイドという男がいる――。2重人格が扱われた原典というべき作品。ジキル氏は内にいる悪い本性の誘惑に抗えず、薬の力を使って、ハイドを作り出した。最初のうち両者は共存していたが、次第にジキル氏はハイドの人格に飲み込まれていく。ハイドは殺人を犯し、ジキル氏は手段を尽くして運命に抗うが、最後には破滅を迎える。誰の中にもきっと多かれ少なかれハイドの人格は存在するが、理性で抑え込んでいる。ハイドの声が大きくなったとき、人は破滅に至るのだ。短くて読みやすい小説でありながら、人間の本性に対する深い洞察に基づいた見事な作品だった。

一言コメント

2重人格テーマの作品として有名です。この物語を真に堪能するには、現代は2重人格というテーマが当たり前になりすぎてしまっているのかもしれません。
2022/4/30

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

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書名著者読了日評価分野
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?フィリップ・K・ディック2021年3月13日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

地球が核戦争で滅び、人々が火星に移住した世界。人々はリアルの動物を所持することがステータスになっている。一人目の主人公リック・デッカードは、逃亡アンドロイドを処理する賞金稼ぎである。彼は人間と見分けがつかないアンドロイド、まるでアンドロイドのように残酷な人間を見て心が揺さぶられ、アンドロイドと関係を持つ。もう一人の主人公イジドアは貧しい〇特で、逃亡アンドロイド3人と心の交流をし、孤独を癒す。共感力を持つものが人間で、そうでないものがアンドロイドだ―そんな常識が壊れ、少しずつ人間とアンドロイドの境目が不気味に消えていく。デッカードは迷いながらも3人のアンドロイドを処理し、同じタイミングで、一時デッカードと関係を結んだレイチェルに残酷にも山羊を殺される。山羊を殺すことは、この世界では恐ろしいほどの共感力の欠如であり、アンドロイドと人間の間の厳然たる差異が提示される。最後にデッカードは人間の妻イーランとの関係性を取り戻すが、電気ヒキガエルにも愛着を覚える。物語が進むにつれて人間とアンドロイドの境目が曖昧になっていき、再度差異が目の前に提示されたと思いきや、最後には電子の命への共感をもって終わる。読み終わった後、人間とは何か一層わからなくなった。いつか人間とアンドロイドの区別がつかなくなる日はきっと来る。人間性についての深い問いを投げかけた名作。

一言コメント

タイトルだけはあまりにも有名ですが、実際に読んだことがある人はそれほど多くはないかもしれません。人間とアンドロイドの違いは現代で一層重要なテーマになっているように思います。是非読み継がれてほしい作品です。
2022/4/30

『オリヴァー・ツイスト』

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書名著者読了日評価分野
オリヴァー・ツイストチャールズ・ディケンズ2021年3月12日⭐️⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

救貧院で悲惨な境遇の中生まれ育った孤児オリヴァー・ツイストの人生を描いた物語。オリヴァーは悲惨な境遇の中でも純粋な心の少年に育ち、周囲の”教区の紳士達”の冷酷さとの対比により、その異質さが際立って見える。そんなオリヴァーは救貧院から奉公に出された家を抜け出し、盗賊団の首領フェイギンに拾われる。オリヴァーは盗賊団から抜け出し、心優しいブラウンロー氏やメイリー夫人の下で一時の幸せを得るが、フェイギンと悪党サイクスは協力者ナンシーの手引きでオリヴァー・ツイストを取り戻そうとする。彼らがこれほどまでにオリヴァーにこだわった裏には、オリヴァーの出生の秘密―オリヴァーは豊かな紳士の隠し子だった―とその事実を抹消しようとする兄モンクスの陰謀が存在したのだ。ナンシーの密告とその後の悲劇があり、全登場人物が相まみえる大立ち回りの末、物語はハッピーエンドを迎える。一冊を通し、善なる人々―純粋な少年オリヴァーとブラウンロー氏などの周囲の大人―と、悪なる人々―フェイギンやサイクス、バンブル氏―の対比が明確に描かれ、大きな勧善懲悪物語としての体をなす。今の感覚だと物語の流れがやや粗削りな印象を受けるが、都市部で悲惨な貧困が問題となっていた19世紀末にあって、オリヴァーの純粋さは大きな社会的影響を与えたのではないか。イギリス最大の文豪と言われる理由はわかる。

一言コメント

文豪ディケンズの作品。悲惨な貧困状況を描いたリアリズム作品としては、やや現実味に欠ける点においてゾラなどの作家に劣る感触を受け、勧善懲悪のエンタメ小説としては、他にもっと面白い作品があるのではないかと感じさせられてしまいます。が、純粋で善なる少年が、周囲の優しい人々に助けられ、悲惨な境遇を脱していく物語は、貧困の悲惨な実態があった中で求められた”現実であって現実ではない”物語だったのかもしれません。
2022/4/30

『ティファニーで朝食を』

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書名著者読了日評価分野
ティファニーで朝食をトルーマン・カポーティ2021年3月13日⭐️⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

ティファニーで朝食を―そんな上流階級の生活を夢見て、金持ちに囲まれる日々を送るホリー・ゴライトリー。冴えない主人公はそんな彼女の生き方に徐々に惹かれていき、ホリーも主人公に少しずつ心を許すようになっていく。そんなホリーは意図せずして、犯罪者に情報を流してお金をもらう役割を担っていた。彼女は犯罪が発覚すると同時にすべてを失い、国外逃亡を決意する。その後彼女はどうなったのだろうか?その手掛かりとも言えるものは、アフリカから届いた一つの目撃情報だけだ。過去の田舎での生活を捨て、理想を夢見て、どこまでも自分らしく―悪く言えば自分勝手に―生きたホリー・ゴライトリー。彼女に惹かれる主人公の想いには共感する。
本文で書かれていないが、きっとホリー・ゴライトリーはどこか遠くで彼女らしく生きている。そう思わされた。

一言コメント

映画版ではオードリーヘップバーンが演じたことで有名な『ティファニーで朝食を』。勝手に持っていた先入観とは違って、主人公ホリー・ゴライトリーの暮らしは虚飾に塗れたものでした。本作品では描かれなかったホリー・ゴライトリーの「その後」をどう考えるかは、読者に委ねられているのでしょう。
2022/4/30

『変身』

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書名著者読了日評価分野
変身カフカ2021年3月13日⭐️Literature

読書メモ ※ネタバレを含みます

「ある朝、目をさますと、自分が一匹の巨大な虫に変っているのを発見した」、そんな衝撃的な文章から始まる物語は一貫して意味不明である。虫に変ってしまった理由は全く語られない。主人公はなぜか虫になってなお冷静に思考している。家族はザムザを恐れつつも、虫になったことは自然と受け容れている。この作品はとにかくグロテスクで不条理でもある。虫の描写はリアルであり、不快感すら感じる程だ。結末には全く救いがなく、父の投げたリンゴによる傷がもとになってザムザは死亡し、家族はまた別の場所で新しい生活を始める。カフカはこの小説を通して何が言いたかったのだろう?「父と子の対立が書かれている」など、様々な解釈が存在しているが、ピンとくるものはない。無理にカフカの考えを読み取ろうとしても、得るものはないのかもしれない。少なくとも面白い作品ではないし、深い意味が分かったわけでもない。ただ謎と不快感だけが残った。が、恐らくその感情は忘れられないだろう。それがカフカの意図であったとするならば、全く見事に嵌められたというしかない。

一言コメント

とにかく意味が分からない作品で、もう一度読み直したいとは全く思えませんが、確かにその内容は今も心に残っています。不条理文学の極致という気がします。
2022/4/30